日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第七章 江ノ島に於る採集 16 松村任三描く童子図
私の部屋の廊下に而して、家が面白い形に積み重なっている(図178)。これ等の建物中の三つは耐火建築で、村が火事の時火を避けるように、ここに建てたのである。然し若し我々のいる建物が火を出せば、家はみな密接している上に、非常に引火しやすい材料で出来ているから、村中燃え上って了うことであろう。
[やぶちゃん注:「三つの耐火建築」図中の屋号らしき印のついた二つと、左中央の木に隠れた一つ、孰れも土蔵のことを指している。このスケッチであるが、岩本楼の位置と絵の山腹の描写から考えると、この右手奥に描かれているのは児玉神社の鳥居と拝殿ではあるまいか? 則ち、岩本楼の二階から江島神社参道(は恐らく画面の下方で描かれていない)を挟んだ向かい側の斜面(南東方向)を描いているように思われる。識者の御教授を乞うものである。]
図―179
[やぶちゃん注:本文にある通り、これはモースの描いたものではなく、助手の松村任三の筆による描画である。その筆致は今の僕らにとってさえ実に素晴らしいではないか。]
松村は日本人の多くと同様、絵を措くことに趣味を持っている。図179は彼が子供を写生したものであるが、その筆致が如何に純然たる日本風であるかに注意せられたい。日本人の絵画に力強さと面白味とを与える一つの原因は、それが必ず筆で描かれることで、従って仕事の上に、太さの異る明瞭な線と、大なる自由とを得るのである。彼等が選ぶ主題、例えば木の葉とか人物とかは、彼等の持つ技術によって、写実的に描かれる。彼等の描く人物は、みなゆるやかな、前で畳み合せる衣服を着ている。男が普通に着るのは、典雅に垂れ下る一種の寛衣(かんい)であり、彼等の帽子は絵画的である。木の葉、竹、竹草、松、花その他は力強く、勢よく描かれる結果、日本の絵は非常に人を引きつける。
[やぶちゃん注:「彼等の帽子は絵画的である」原文は確かに“and their hats are picturesque”であるが、これは例えば前の図178を見ると氷塊する。手前の階段を上る人物と、それより上で下りかけている人物、そしてその階段上の群像の中央で何か大きなものを両手で抱えてこちらを向いている人物の頭部を見て頂きたい。前二者の頭部には明らかに角状に出っ張ったものが描かれ、階段上の人物は何かを巻いているのが見てとれる。これらは所謂、手ぬぐいや鉢巻の類いであろう。それが“their hats”「彼等の帽子」の正体である。]
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