水母の吸物 大手拓次
水母の吸物
しどろもどろにかくれ、
ちひさくほころびるうたがひのかねをならし、
熱(あつ)い皿(さら)のうへに夜(よる)となくひるとなくおちてくる影をあつめ、
なみのあひだによろめきわらふ
いとくらげをすくひとり、
死(し)のあまみをいろづけて、
たましひの椀のなかにぽつたりとおとす。
みづおとはこいでゆく、
みづおとは言葉をなげすててこいでゆく。
さびしいくらげの吸物(すひもの)は
わたしのゆびにゆれてくる。
[やぶちゃん注:私はクラゲ・フリークであるが、この詩は世界的にも歴史的にも突出して特異で美事なクラゲの詩であると思う。金子光晴の「くらげの唄」なんぞより遙かにクラゲ的である。なお「いとくらげ」という種は残念ながらいない。無論、拓次の幻想世界のクラゲの名である訳だが、私なら、小型の透明でしかも刺胞毒の強い、刺胞動物門箱虫綱箱虫目アンドンクラゲ科アンドンクラゲ
Carybdea rastoni の、あの傘の四方に下がった四本の鞭状の恐ろしい触手(凡そ二〇センチメートル)をイメージする。舌が赤黒く爛れて痙攣する……慄っとするほど素敵な眩暈じゃないか!……]