郵便局の窓口で 萩原朔太郎
郵便局の窓口で
郵便局の窓口で
僕は故鄕への手紙をかいた。
鴉のやうに零落して
靴も運命もすり切れちやつた。
煤煙は空に曇つて
けふもまだ職業は見つからない。
父上よ
何が人生について殘つて居るのか。
僕はかなしい空虛感から
貧しい財布の底をかぞへて見た。
すべての人生を銅貨にかへて
道路の敷石に叩きつけた。
故鄕よ!
老いたまへる父上よ。
僕は港の方へ行かう
空氣のやうに蹌踉として
波止場(はとば)の憂鬱な道を步かう。
人生よ!
僕は出帆する汽船の上で
笛の吠えさけぶ響をきいた。
[やぶちゃん注:底本は所持する筑摩版全集初版に拠った。昭和四(一九二九)年新潮社刊「現代詩人全集第九巻 萩原朔太郎詩集」より。初出は昭和二(一九二七)年六月号『婦人之友』(第二十一巻第六号)であるが、総ルビであることと、数箇所の歴史的仮名遣の誤り及び誤字・脱字・異体字があるだけで、全く同一であると言ってよい(特に初出を示す必要を感じない内容であるということを言いたいのである)。後に「定本 靑猫」(昭和一一(一九三六)年版畫莊刊)に再録されているが、そこでは、
郵便局の窓口で
郵便局の窓口で
僕は故鄕への手紙をかいた。
鴉のやうに零落して
靴も運命もすり切れちやつた
煤煙は空に曇つて
けふもまだ職業は見つからない。
父上よ
何が人生について殘つて居るのか。
僕はかなしい虛無感から
貧しい財布の底をかぞへて見た。
すべての人生を銅貨にかへて
道路の敷石に叩きつけた。
故鄕よ!
老いたまへる父上よ。
僕は港の方へ行かう
空氣のやうに蹌踉として
波止場(はとば)の憂鬱な道を行かう。
人生よ!
僕は出帆する汽船の上で
笛の吠えさけぶ響をきいた。
と、四行目末の句点を消去、「空虛感」を「虛無感」に変更し、「波止場の憂鬱な道を步かう。」を「波止場の憂鬱な道を行かう。」に変更している。]
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