悲しみの枝に咲く夢 大手拓次
悲しみの枝に咲く夢
こひびとよ、こひびとよ、
あなたの呼吸(いき)は
わたしの耳に靑玉(サフィイル)の耳かざりをつけました。
わたしは耳がかゆくなりました。
こひびとよ、こひびとよ、
あなたの眼が星のやうにきれいだつたので、
わたしはいくつもいくつもひろつてゆきました。
さうして、わたしはあなたの眼をいつぱい胸にためてしまひました。
こひびとよ、こひびとよ、
あなたのびろうどのやうな小指(こゆび)がむずむずとうごいて、
わたしの鼻にさはりました。
わたしはそのまま死んでもいいやうなやすらかな心持になりました。
[やぶちゃん注:既出であるが、「靑玉(サフィイル)」はサファイア。青玉。フランス語の“saphir”忠実な音訳(英語は“sapphire”)である。なお、底本ではこのルビは「サフイイル」であるが、既出本文表記から促音化して訂した(ご存知の通り、本邦では現在も続いているが、永くルビの促音表記はなされない(初期は植字の関係上、出来なかったというか、面倒であったというのが正しいかとも思われる)のが常識であったことを多くの人が知っているようには思われないので特に注しておく)。]