日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第七章 江ノ島に於る採集 9 日本人の描く富士山の心理学的認識実験
山を描くにあたっては、どの国の芸術家も傾斜を誇張する――即ち山を実際よりも遙かに嶮しく書き現わす――そうである。日本の芸術家も、確かにこの点を誤る。すくなくとも数週間にわたる経験(それは扇、広告その他の、最もやすっぽい絵画のみに限られているが)によると、富士の絵が皆大いに誇張してあることによって、この事実がわかる。私はふと、隣室の学生達に、富士の傾斜を、記憶によって書いて貰おうと思いついた。この壮麗な山は湾の向うに聳えていて、朝から晩まで人の目を引く一つの対象なのである。先夜、晩飯の時、輝く空を背に、雄々しく、非常に暗くそそり立つこの山を、出来るだけ注意深く描いて見た。そこで鋏を使用して輪郭を切りぬき、そしてそれを持って山にあてがうと私が努力したにもかかわらず、傾斜をあまり急に描き過ぎたことを発見した。私は紙に鋏を入れては山にあてがって見て、ついに輪郭がきちんと合う迄に切り、そこで隣の部屋へ入って、通弁を通じて、出来るだけ正確な富士の輪郭を書くことを、学生達に依頼した。私は紙四枚に、私の写生図に於る底線と同じ長さの線を引いたのを用意した。これ等の生年はここ数週間、一日に何十遍となく富士を眺め、測量や製図を学び、角度、円の弧等を承知している上に特に、斜面を誇張しないようにとの、注意を受けたのである。図173は彼等の努力の結果で、一番下は私の輪郭図である。彼等は彼等のと私のとの輪郭の相違に、只吃驚するばかりであったが、この試験には非常な興味を見せた。彼等は不知不識(しらずしらず)、子供の時から見なれて来たすべての富士山の図の、急な輪郭を思い浮べたのである。彼等の角度が、殆ど同じなのは面白い。学生の一人が持って来て見せた扇には、斜面が正確に近く描いてあった。登山した人がその山の嶮峻さを誇張するのは、山は実際よりも必ず峻しく見えるものだからということが、想像出来る。
[やぶちゃん注:この実験はすこぶる面白い。富士山が世界遺産になって、経済効果やら、とっくに分かっていたはずの環境汚染なんどを採り上げるくらいなら、新聞社は、このモースの、百三十六年も前に行った富士山の認識実験データを記事にした方が、いや、ずっと面白いと、思うがねぇ。……]
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