日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第七章 江ノ島に於る採集 6 日本人の名前
私は外山と松村に向って、何事にでも「何故、どうして」と聞く。そして時々驚くのは、彼等が多くの事柄に就いて、無知なことである。この事は他の人人に就いても気がついた。彼等が質問のあるものに対して、吃驚したような顔つきをすることにも、気がついた。そして彼等は質問なり、その事柄なりが、如何にも面白いように微笑を浮べる。私はもう三週間以上も外山、松村両氏と親しくしているが、彼等はいまだかつて、我々がどんな風にどんなことをやるかを、聞きもしなければ、彼等が興味を持っているにも係わらず、私の机の上の色々なものが何であるか聞きもしない。而も彼等は、何でもかでも見ようという、好奇心を持っている。学生や学問のある階級の人々は、漢文なり現代文学なりは研究するが、ある都会の死亡率や、死亡の原因などを知ることに、興味も重大さも感じないのであろう。
外山に頼んで、女の子と男の子の名前――我国の洗礼名に相当するもの――と、その意味とを書いて貰った。
[やぶちゃん注:「女の子と男の子の名前――我国の洗礼名に相当するもの――」ここは一文全部を示すと、“I got Toyama to write down for me a list of girls' and boys' names
with their meanings, names corresponding to our Christian names : —”である。「我国の洗礼名に相当するもの」というのはやや違和感を感じるが、ここは所謂、モースの周囲で当時の日本人が普通に用いていた「熊公」とか「山さん」といった渾名や幼名や通称に対する正式な神聖唯一の生涯不変(旧武士階級などでは事実はそうではないが)実名というニュアンスで採っているものらしい。]
[やぶちゃん注:ここに有意な一行空け。以下の名前のリストは底本通り、全体を二字下げで示した。なお、原文では左に“Girls' names”、右に“Boy’s names”と二段に組まれている。]
女の子の名前
マツ 松
タケ 竹
ハナ 花
ユリ 百合
ハル 春
フユ 冬
ナツ 夏
ヤス 安らかな
チョウ 蝶
トラ 虎
ユキ 雪
ワカ 若い
イト 糸
タキ 滝
男の子の名前
タロー 第一の男子
ジロー 第二の男子
サブロー 第三の男子
シロー 第四の男子
マゴタロー 孫の第一の男子
ヒコジロー 男性第二の男子
ゲンタロー 泉第一の男子
カメシロー 亀の子第一の男子
カンゴロー 検査された第五の男子
サタシチ 心の固い第七の男子
カイタロー 見殻第一の男子
女の子は下層民でない場合、普通その名前の前に、尊敬前置称語として「お」をつけ、その他すべての場合「さま」を短くした「さん」を名前の後につける。これは尊敬をあらわす言葉だが、人の名につくばかりでなく、冗談に動物の名の後にもつける。この「さん」はミスミセス、及びミストルの役をする。日本人が「ベビさん」「キャットさん」といっているのを聞くこともある。だが、前置称語の「お」は、女の子の名前にかぎってつける。ミス・ハナは「お はな さん」になる。太郎、次郎等、第一、第二……を意味する男の子の名前はよくあるが、我国のジョンソンなる姓が、「ジョンの息子」なる意味を失ったと同様に、ある点で第一の男子、第二の男子の意味を持たぬようになった。外山氏の話によると、今や男の子達は、クロムウェル時代の風習の如く、忍耐、希望、用心、信実等の如き、いろいろな新しい名前を、沢山つけられているそうである。
[やぶちゃん注:「ヒコジロー 男性第二の男子」は原文“male second
boy”で、彦次郎の逐語訳であろう。以下同様。
「ゲンタロー 泉第一の男子」は原文“fountain first boy”。源太郎。
「カメシロー 亀の子第一の男子」は原文“tortoise first boy”。亀四郎か亀次郎を亀一郎と誤ったか。底本では「第一」の下に石川氏の『〔?〕』の割注が入っている。
「カンゴロー 検査された第五の男子」は原文“examined fifth boy”。これは恐らく勘五郎で「勘定」辺りからの通訳の結果であろう。
「サタシチ 心の固い第七の男子」は原文“stable seventh boy”で定七か貞七であろう。
「外山氏の話によると、今や男の子達は、クロムウェル時代の風習の如く、忍耐、希望、用心、信実等の如き、いろいろな新しい名前を、沢山つけられているそうである。」原文“Mr. Toyama tells me, the boys are being given a great many new names
after the style of Cromwell's time, such as Patience, Hope, Prudence, Faith,
etc.”。英国の「クロムウェル時代の風習」にこうした命名の濫觴があったというか、流行があったというのは初めて知った。因みに『アイアンサイイズ』(Ironsides:鉄奇兵。剛の者。)クロムウェル(Oliver Cromwell)のオリバーとは「平和」の象徴であるオリーブを由来とするとも言われるが、ここに出ている“Hope”以外は、不学にしてそこからどんな名前が生まれたのかよく分からない。識者の御教授を乞うものである。]
« 栂尾明恵上人伝記 52 空中浮揚 | トップページ | 日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第七章 江ノ島に於る採集 7 山の名前 »