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2013/07/26

耳嚢 巻之七 かくいつの妙藥の事

 ※いつの妙藥の事

 

[やぶちゃん注:「※」=「疒」+「各」。]

 

 坂野(さかの)の喜六郎租母、かくいつの病(やまひ)をうれゐて、諸醫師手を盡しぬれど其印なし。或人、まるめろをたくはへ絶(たえ)ず用ゆれば、快といふにまかせ、なまはさら也、砂糖漬抔になして朝夕用ひけるに、やがて快(こころよく)なりて八十餘歳迄存命なせしと、喜六かたりける。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:民間療法シリーズ四連発。

・「※いつ」[「※」=「疒」+「各」。]「かくいつ」は膈噎。「膈」は食物が胸につかえ吐く病気。「噎」は食物が喉につかえて吐く病気をいう。現在の胃癌又は食道癌の類と推測されている。「かくやみ」「かくやまい」とも。底本の鈴木氏も岩波の長谷川氏もそう(しかも両者ともに癌と断定しておられる)注して終わりとする。では、本当にこの老婆は現在でいう胃癌か食道癌であったかと言えば、これは読む者は誰もそうは思わない。この老女、全快しており、しかもその後も有意に長生きしたことを考えると(治って直ぐに老衰で死んだというようには「読めない」。膈噎の全快後、有意に数十年は生きたのでなければ「やがて快なりて八十餘歳迄存命なせし」とは「書かない」)、これは癌ではない。これは所謂、嚥下障害としてとらえるべき病態である。しかも、一定の時期を経て完治し、再発していない点では器質的機能的な原因ではなく、心理的なものや精神疾患の一症状が疑われる(だからこそプラシーボ効果としても本療法の効果があったとも考えられる)。ウィキの「嚥下障害」によれば、神経因性食欲不振症など摂食障害、認知症や鬱病などで食欲制御が傷害されている場合に症状として現われる、とある。精神疾患を持たない人の嚥下障害有病率が六%であるのに対し、精神疾患患者の三二%が嚥下障害を持っているとし、窒息事故の割合もはるかに高く、認知症ではしばしば食事をしたことを忘れるが、食事をしたことを忘れても食欲制御が傷害されていなければ異常な量の摂食は困難である。研究は少ないが、嚥下造影検査の分析から認知症では八四%の患者が何らかの嚥下障害を持っている、という報告がある、とある。先人である鈴木氏や長谷川氏に文句を言うのではない。しかし本来、注というものが読者への一つの編著者の配慮であるのだとするならば、ここまで語らなければ私は注とは言えないと考えているのである。それが私があらゆる注を施す際に常に心懸けている「節」であるということを、この場を借りて表明させて頂く。

・「坂野の喜六郎」坂野孝典(たかつね 寛延元・延享五(一七四八)年~?)。寛政二(一七九〇)年御勘定組頭。「卷之七」の執筆推定下限の文化三(一八〇六)年に存命ならば五十八歳である。

・「まるめろ」バラ科ナシ亜科マルメロ Cydonia oblonga。榲桲(まるめろ)は中央アジア原産のバラ科サクラ亜科リンゴ連ボケ Chaenomeles speciosa や同じボケ属のカリン Chaenomeles sinensis に近縁な果樹で、栽培が盛んな長野県諏訪市など一部の地域では「カリン」と呼ばれている。リンゴや西洋ナシとも比較的、縁が近い。果実は偽果(普通の果実は子房の肥厚したものであるが、子房本体ではなく、その隣接組織に由来する部分が果実状化したものを指す。例えばイチジクはイチジク状果と呼ばれる偽果、リンゴやナシのようなナシ状果では我々が果実と思っている食している部分が偽果で、食べ捨てている芯の部分が真の果実)で、熟した果実は明るい黄橙色で洋梨形をしており、長さ七~一二センチメートル、幅六~九センチメートルのやや上部がくびれて小さい洋ナシのような形を成す。果実は緑色で灰色若しくは白色の軟毛(大部分は熟す前に脱落する)で被われている。果実は芳香があるが強い酸味があり、硬い繊維質と石細胞のため生食は出来ないが(このお祖母ちゃんは生食したとあるから凄い。お祖母ちゃんが可哀そうなので訳では薄く切って差し上げた)、カリンと同じ要領でカリン酒に似た香りの良い果実酒とする。他にも蜂蜜漬けやジャム(ポルトガル語でこれらのデザート系の加工品を“marmelada”(マルメラーダ)と呼称するが、これが今日の「マーマレード」の語源である)などが作られる(ここまでは主にウィキの「マルメロ」「偽果」に拠った)。カリンと同じく漢方では鎮咳などに効果があるとする。因みに、「マルメロ」という和名は本種(の果実?)を指すポルトガル語の“marmelo”に由来する。これは恐らくギリシア語由来で、ギリシャ語では“melimelon” と言い、“meli”(甘い)+“melon” (リンゴ)の意味であるという。属名“Cydonia”はクレタ島の古代都市 キドン Cydon に由来するとされ(但し、マルメロの原産地は中央アジアからイランで、ギリシア・ローマの時代から移入されて栽培されたために間違った産地名を属名に用いてしまったケースである)、種小名の“oblonga” は「長楕円形の」という意味で、実の形に由来している(以上は高橋俊一氏の「世界の植物-植物名の由来-」のこちらのページの「マルメロ」の記載を参照させて戴いた)。漢名「榲桲」は音では「オツボツ」と読む。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 膈噎(かくいつ)の妙薬の事

 

 坂野(さかのの)喜六郎殿の租母は、永く、飲食の際の困難や嘔吐といった膈噎の病いを患って、諸医師が手を尽くして療治致いたものの、全く以って、その効果が見られなんだと申す。

 ところが、ある人が榲桲(まるめろ)を貯えてそれを絶えず服用致さば快癒間違いなし、と申したによって、ごく薄く切っての生食は言うまでもなく、砂糖漬なんどに致いて、朝夕欠かさず用いたところが、暫くすると、すっかり快よくなり、一切の膈噎の症状は、これ、全くなくなって、その後は何と八十余歳まで矍鑠として存命であったとは、喜六殿御自身が語って御座った話で御座る。

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