耳嚢 巻之七 いぼを取奇法の事
※を取奇法の事
[やぶちゃん字注:「※」=「疒+「黑」。]
蛇の拔殼(ぬけがら)を糠袋(ぬかぶくろ)に入(いれ)すするに、いゆる事妙也と人の語りしに、折節予家内にていぼ多く、面部へ出來こまりしが、人の教(をしへ)に任せ其通りになせしに、癒ぬる事まの當りに見へしゆへ爰に記しぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。既に「巻之六」に二例が掲げられてある「※」(=「疣(いぼ)」)取り呪(まじな)いの民間療法シリーズである。静岡市葵区太田町の「平松皮膚科医院」の公式サイトの「いぼ取りのおまじない」のページを見ると(当院の記載によれば伝染性イボは暗示療法によって取れる場合があると記されているから馬鹿にしてはいけない。根岸の妻のケースもこれであろう)、この蛇の抜け殻を用いた疣取りの呪いは採集(ネット)例が多く、北海道・岩手(二件)・茨城・群馬の五ケースが示されている。知られた「いぼ虫(カマキリ)にくわせる。(福島県)」や「巻之六の類型「初雷の鳴った時、箒でなでる。(岩手県)」及び「歳の数の大豆を用意し、名前を唱えいぼとりを祈願をして、その豆をきれいな水の流れに埋める。(宮崎県)」以外で私が面白いと思ったのは、「疣を蜘蛛の糸でしばる。(北海道)」「墓石に溜まった水を疣につけて後ろを振り向かずに帰る。(岩手県)」「墓場の花立カッポの水をイボに付けるととれる。(宮崎県)」そうしてこれらを総集編するような沖縄県の「疣を墓の水で洗う」「雷の日に庭に出て、雷光とともに箒ではたき落とす」「疣と同じ数だけの豆を盗み、金一銭とともに紙に包み道に捨てる」であった。なお、リンク先の最後に出る「耳嚢」所載の豆腐を用いた疣取りの呪いというのは、次の未着手の「卷之八 いぼ呪の事」の記載である。
・「入すするに」「すする」は「こする」の誤りか。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『包みこするに』とある。これで採る。
■やぶちゃん現代語訳
疣を取奇法の事
蛇の抜け殻を糠袋(ぬかぶくろ)に入れて疣の上を擦(こす)ると、忽ち疣の落ちて癒えること奇妙なる、と人が語って御座ったゆえ、折柄、私の家内には疣が多く出でて、特に顔面部分へこれ、多く出来(しゅったい)致いて大いに困って御座ったが、その人の教えに任せて、その通りに致いたところが、美事、癒えること、これ目の当たりに致いたによって、ここに記しおくことと致す。
« 大空は戀しき人の形見かは物思ふごとに眺めらるらむ 酒井人眞 萩原朔太郎 (評釈) | トップページ | 『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部 10 不老門 »