農業試驗所及びその裏山にて 八首 中島敦 (「小笠原紀行」より)
農業試驗所及びその裏山にて 八首
硝子透(とほ)し陽(ひ)はしみらなり水を出(で)て鰐魚(アリゲーター)の仔ら眠りゐる
[やぶちゃん注:「しみらなり」暇なく続いて、終日(ひねもす)、一日を通じてずっとその場いっぱいに、の意。万葉以来の古語であるが、形容動詞としての使用は極めて異例で、通常は副詞として「しみらに」(若しくは「しめらに」)で使用する。「しみら」はもともと、「茂・繁」を訓じた「しみ」「しみみ」に、状態を示して形容動詞語幹を作る接尾語「ら」の付いたものであるから、形容動詞としての用法には見た目、違和感はない。「鰐魚(アリゲーター)」当時の小笠原農業試験場(現在の呼称は小笠原亜熱帯農業センター)ではワニ目正鰐亜目アリゲーター科アリゲーター亜科アリゲーター属 Alligator のワニの実験飼育をしていたものらしい。皮革利用目的のためかとも思われるが、識者の御教授を乞うものである。]
護謨(ゴム)の葉にとまる小鳥の名も知らず日の豐(ゆた)けさに黑光りゐる
空に海に光の微粒粉(こな)をぶちまけて明るきかもよ丘べに立てば
見かへれば檳榔(びらう)の葉越しキララキララ海の朝霧はれ行くが見ゆ
[やぶちゃん注:「キララキララ」の後半は底本では踊り字「〱」。「檳榔」は被子植物門単子葉綱ツユクサ類 commelinids に属するヤシ目ヤシ科ビンロウ Areca catechu。「ビンロウジュ」(檳榔樹)とも言うが、類似音の「ビンロウジ」はこのビンロウの実をいうので注意。実はアルカロイドを含み、ガムのように噛む嗜好品として知られる。]
道の上の崖の端(は)にして巨(おほ)いなる龍舌蘭の葉の厚き見つ
[やぶちゃん注:「龍舌蘭」単子葉植物綱クサスギカズラ目クサスギカズラ科リュウゼツラン亜科リュウゼツラン属
Agave に属する、厚い多肉質の葉からなる大きなロゼットを形成する熱帯性植物。]
肉厚き葉の上に白き粉をふけり龍舌蘭の巨き簇(むらが)り
赭粘土の(あかつち)崖の崩(くづ)れにたかだかと章魚木(たこ)の氣根の根節(ふし)あらはなり
[やぶちゃん注:「章魚木(たこ)」単子葉植物綱タコノキ目タコノキ科タコノキ
Pandanus boninensis。「蛸の木」「露兜樹」などと書く。小笠原諸島固有種で雌雄異株。海岸付近に植生する。種名“boninensis”は、小笠原諸島の英名“Bonin Islands”に由来する。小笠原諸島の海岸近くに自生し、高さ一〇メートルまで達する。タコノキ科植物全般に見られる特徴であるが、気根が支柱のように幹を取り巻き、それが蛸の足のように見えることから、本種はタコノキ目の基準種となっている。葉は細長く、一メートルほどになり、大きくて鋭い鋸歯を持つ。初夏に白色の雄花・淡緑色の雌花をつけ、夏に数十個の果実が固まったパイナップル状の集合果をつける。果実は秋にオレンジ色に熟し、茹でて食用としたり、食用油を採取する原料とする。『本種は小笠原諸島の固有種であるが、八丈島等に移出されて定着している他、葉の美しさから観葉植物として種苗が販売されている。
南西諸島に多く生育するアダンの近縁種であるが、アダンの葉には鋸歯が小さいなどの違いで見分けることができる』(以上、引用を含め、ウィキの「タコノキ」に拠った)。]
墓地へ行く道のかたへの崩崖(くえがけ)に章魚木(たこ)の根引けどさ搖るぎもせず

