象の歌 八首 中島敦
象の歌
年老いし灰色の象の前に立ちてものうきまゝに寂しくなりぬ
象の足に太き鎖見つ春の日に心重きはわれのみならず
心はれぬ樣(さま)に煎餅を拾ひゐる象はジャングルを忘れかねつや
子供一人菓子も投げねば長き鼻をダラリブラリと象徘徊(たもと)ほる
花曇る四月の晝を象の鼻ブラリブラリと搖れてゐたりけり
徘徊(たもと)ほる象の細目(ほそめ)の賢(さか)し眼(め)に諦觀(あきらめ)の色ものうげに見ゆ
この象は老いてあるらし腹よごれ鼻も節立(ふしだ)ち牙は切られたり
象の顎に白く見ゆる毛剛(こは)げにて口には涎(よだれ)湛(たゝ)へたるらし
[やぶちゃん注:「河馬」歌群の一。
「徘徊(たもとほ)る」既注。現代読みでは「たもとおる」で、「た」(語調整調や強意の接頭語)+ラ行四段活用・自動詞「もとほる」(「回る」「廻る」と表記し、巡る・回る・徘徊するの意)で、同じ場所を行ったり来たりして徘徊する、の意。「万葉集」以来の古語。]

