信天翁 八首 中島敦
薄暮信天翁(あはうどり)を見る
夕ぐるゝ南の海のはてにして我が思ふことは寂しかりけり
夕昏(ゆふぐ)るゝ南の海のさびしさを信天翁(あはうどり)とぶ翼(はね)の大きさ
信天翁(あはうどり)大き弧を畫(か)きとび來りまた飛びて去る夕雲とほく
日を一日(ひとひ)飛び疲れけむ信天翁(あはうどり)しまし憩ふと浪に搖れゐる
夕浪に憩ひ搖るゝと默(もだ)もゐるあはうどりといふものの愛(かな)しさ
[やぶちゃん注:太字「あはうどり」は底本では傍点「ヽ」。]
阿呆鳥と人いふめれど夕遠く飛ぶをし見ればうらがなし鳥
[やぶちゃん注:太字「うら」は底本では傍点「ヽ」。]
汝天を信ぜむとするか信天翁(あはうどり)思ふことなく飛びゐる羨(とも)し
汝天を信ぜむとするか信天翁(あはうどり)醜(しこ)の末世(まつせ)の懐疑者(ピロニスト)われは
[やぶちゃん注:「懐疑者(ピロニスト)」“Pyrrhonist”。古代ギリシャの懐疑主義・不可知論の濫觴ピュロンに由来する。なお、ミズナギドリ目アホウドリ科キタアホウドリ属アホウドリ
Phoebastria albatrus の和名は、人間への警戒心が弱く、翼が巨大なために飛翔には長距離の助走が必要で容易に飛び立てない上に、その翼のために地表上での歩行バランスが極めて悪く緩慢であることから容易に捕殺されたことに由来する。漢名「信天翁」も空を飛ぶことが苦手(但し、飛翔を開始すれば長距離の飛翔が可能)に見えたため、天から餌が降ってくるのを信じて「翁」(頸部の羽毛)を揃えて口を開け待っているぐうたらな鳥、という俗説に基づく呼称とする。]
« 祕密の花 大手拓次 | トップページ | 大空は戀しき人の形見かは物思ふごとに眺めらるらむ 酒井人眞 萩原朔太郎 (評釈) »

