フランツ・カフカ「罪・苦痛・希望・及び眞實の道についての考察」中島敦訳 2
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すべての、人間の過失は、性急といふことだ。早まつた、方法の放棄、妄想の妄想的抑壓。
[やぶちゃん注:原文。
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Alle menschlichen Fehler sind Ungeduld, ein vorzeitiges Abbrechen des Methodischen, ein scheinbares Einpfählen der scheinbaren Sache.
新潮社一九八一年刊「決定版カフカ全集3」飛鷹節氏訳。
二 人間のあらゆる誤ちは、すべて焦りからきている。周到さをそうそうに放棄し、もっともらしい事柄をもっともらしく仕立ててみせる、性急な焦り。
中島敦「山月記」より。
……いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に歸臥し、人と交を絶つて、ひたすら詩作に耽つた。下吏となつて長く膝を俗惡な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺さうとしたのである。しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に驅られて來た。この頃から其の容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々として、曾て進士に登第した頃の豐頰の美少年の俤は、何處に求めやうもない。數年の後、貧窮に堪へず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになつた。一方、之は、己をのれの詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遙か高位に進み、彼が昔、鈍物として齒牙にもかけなかつた其の連中の下命を拜さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として樂しまず、狂悖の性は愈〻抑へ難くなつた。……
引用元は私のテクスト。]