理髪店の歌 六首 中島敦 (歌群「Miscellany」より)
Miscellany
理髮店(とこや)の歌
髭剃(あた)りつゝ夏場所の噂するらしもなかば睡りてわれは聞きゐる
閉ぢてゐるまぶたの裏に明るき影チラチラとして動くが如し
細目あけて薄刀の光見たりけり白き天井に陽炎の搖れ
うつうつとあたらせゐれば座敷より晝飯(ひる)の煮芋のにほひ洩れくる
大鏡の緣のプリズムの虹の色角度を變へて幾たびか見る
あめん棒明るき鏡シャボンの香五月はじめの髮床(かみどこ)の晝
[やぶちゃん注:歌群名「Miscellany」は寄せ集めとか雜録の意。
「チラチラ」「うつうつ」の後半は底本では踊り字「〱」。
「あめん棒」理髪店の赤・白・青の捩じれたサインポールのこと。明治初期に導入され、有平(あるへい)棒と呼ばれた。「アルヘイ」とは安土桃山時代にポルトガルから伝来した糖蜜から作られる茶色の棒状の菓子アルフェロア“alféloa”に形状がよく似ていたことに由来すると言われ(「有平糖」も同語源。例えば「お菓子なみちのく 鶴岡のあろへ菓子(有平糖)」の有平糖の形状と色とで理解出来る)、後にこの「有平棒」が転じて「あめん棒」となったとも言われる。]
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次回からは標題から歌群名は省略する。

