耳嚢 巻之七 諸物制藥有事
本話を以って「耳嚢 巻之七」は51話目、折り返し点に来た。サイト版の加工に入るが……これ、例によってタグ加工がシンドい……トホホ……
* 諸物制藥有事
駿河其外にて何細工なすも、竹を林草を以て煮て遣ひぬれば、如何樣の細工をさすにも自在に成(なる)といへり。葉の毒に當りたるには、甘草を洗じ呑(のま)せしに、奇に其毒を解(げ)しぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:竹細工をする際に竹をしなかやに加工し易くするための処方が前半であるが、次に筍で中毒した際(後注)の民間療法が載り、魚の骨の除去処方と直連関する。以下「又」で二項、都合、この「諸物制藥有事」で三項目が示される。
・「何細工」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は「竹細工」とし、長谷川氏の注に、竹細工は『駿河府中(静岡市)の名産』とある。「何」は「竹」の誤写であろう。これを採る。
・「竹を林草」底本にはこの右に『(竹煮草ナルべシ)』とある。この鈴木氏の注の付け位置からは、鈴木氏が「竹を林草」全体が「竹煮草」の誤写と判断されたことを意味している。するとしかし、本文は「竹」が示されず、如何にも読み難いものとなる。するともしかすると前の「何細工」は、実は「竹細工」の底本の誤植である可能性も出て来るように思われる。カリフォルニア大学バークレー校版は「甘草」とあり、後半部のマメ目マメ科マメ亜科カンゾウ属
Glycyrrhiza のカンゾウ類を指している。しかし鈴木氏の注する「竹煮草」は「甘草」ではない。モクレン亜綱ケシ目ケシ科タケニグサ Macleaya cordata で、竹似草ともいい、ケシ科の多年草で荒蕪地に生え、茎は中空で高さ二メートル内外、葉は形は菊に似るが大きい。夏に白色の小花を円錐状につける。切ると黄褐色で有毒の汁液を出すがこの汁は皮膚病や田虫に利用される。「竹煮草」は竹と一緒に煮ると竹が柔らかくなって細工し易くなることに、「竹似草」の方は、茎が中空になって見え、竹に似ていることに由来するという(以上、「竹煮草」については、Atsushi Yamamoto 氏の「季節の花300」の「竹煮草」の記載に拠った)。ネット上で調べると「竹煮草」が竹を柔らかくするのに用いられているのは事実である(愛知県豊田市足助「足助観光協会」公式サイトの「草の効能」に竹細工の籠屋さんの店先で『ヨモギなどの雑草を片付けていると「あー、それは抜いちゃダメー」と篭屋さんからストップが。
どう見ても雑草。それもなんかかぶれそうな草なのになんでこんなところにだけこれがあるのか。 「なんで~?」と聞くと「これはタケニグサっといって竹の加工に使うから抜かないでね。」と言われました。タケニグサ・・・・竹を煮るから?
確かに篭屋の前にこれだけが一本生えている理由がわかる。 でも、何の加工?防腐?虫よけ?何だろう。 再び聞いてみると、竹を柔らかく煮るのに草の汁を使うのだそう』という叙述が出て来るから間違いない。逆に甘草で検索しても、竹の柔軟剤として使用するという記載が見当たらない。甘草が竹をしなやかにさせ、その中毒にも効能があるという記載も頷けなくはないが、ここは寧ろ題名の、「諸物」(いろいろなもの――だからこそ以下に「又」で続き三項目も示されるのだと言える――)が、一つの対象(ここでは竹)の持つ属性(この場合は硬いそれ)や毒性に対し、物理的にも生理的にもそれを「制藥」(制する効果を持った薬)として作用する、という意味で採り、私は敢えてここは鈴木氏の注する「竹煮草」で採って訳すこととした。大方の御批判を俟つ。
・「葉の毒」底本には「葉」の右に『(ママ)』注記を附す。竹の葉に毒があるというのは解せない。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版はここを『筍(たけのこ)の毒』とする。筍に毒はないが所謂、アク(シュウ酸やホモゲンチジン酸とその配糖体などを主成分とする)が強く、除去が十分でないと口の中や咽喉がヒリヒリする症状を引き起こす。漢方薬としてお馴染みの甘草には、咳や喉の痛み喘息・アレルギーに有効であるとされるからこの処方はしっくりくる。
・「洗じ」底本では右に『(煎)』と訂正注を附す。
■やぶちゃん現代語訳
諸物には相応に対象の属性を制する薬効があるという事
駿河その他に於いて竹細工をなすが、その際、まず竹煮草を以って竹を煮てから加工に入ると、どのような細工を致す場合にも、しなやかに折れず、自在に成し得るとのことである。
また筍(たけのこ)の毒に当たって咽喉がひりひり致す際には、甘草(かんぞう)を煎じて服用さすれば、たちどころにその毒を消す、とのことである。
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