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2013/08/19

耳嚢 巻之七 鳥類智義有事

 鳥類智義有事

 

 在邊にて雀(すずめ)巣を作るに、兎角(とかく)鳶(とび)の巣の下に巣を作る事也。右は蛇の□を取る故に鳶制殺を賴みての事の由。或人云るは、彼(かの)雀蛇(へび)の愁ひはまぬがるべけれど鳶また子の愁(うれひ)なすべきと難じければ、さればとよ鳶は羽蟲多(おおく)、其子を育(いく)するにも是を愁ひ、雀は羽蟲をひろひて子を育す。其恩義を思ふや、彼(かの)雀を害する事なし、鷹(たか)のぬくめ鳥の飛さりし方へは一兩日飛行七頭獲鳥(かくてう)せざると故人の語りしも□に符合して、人論の智儀なき事を歎ずる已。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特になし。久々の博物学系動物綺譚。

・「蛇の□」底本では「□」の右に『(害カ)』と傍注。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版も「蛇の害」とある。

・「羽蟲」鳥の羽毛に寄生する昆虫綱咀顎目ハジラミ Mallophage。宿主の羽毛や血液を食害吸血する。

・「七頭」底本では「頭」の右に『(ママ)』注記。

・「鷹のぬくめ鳥の……」「ぬくめどり」温め鳥。「大辞泉」の「ぬくめどり」に、冬の寒い夜、鷹が小鳥を捕らえてつかみ、足をあたためること。また、その小鳥、とある。さらに、『翌朝その小鳥を放し、その飛び去った方向へその日は行かないという』という伝承を載せる。波多野幾也氏の猛禽類専門サイト「放鷹道楽」の鷹犬詞集(鷹狩り用語集および鷹狩り猟犬用語集)に、『温め鳥 ヌクメドリ ハヤブサは寒い季節、夕方に小鳥を捕り、一晩握ったままでいて足を温めるのに用い、朝に逃がしてやると言われる。その小鳥。フィクション。』とあるから事実ではない。なお、この部分、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では(正字化し、歴史的仮名遣に変えた)、

 鷹のぬくめ鳥の飛去りし方へは一兩日飛行せず、獲鳥(かくてう)せざる

となっている。「七頭」は「せず」の草書体の誤写か判読の誤りと思われる。ここはバークレー校版で訳した。

・「□に符合して」底本では「□」の右に『(暗カ)』と傍注。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版も「暗に符合して」とある。

・「人論」「人倫」の誤りであろう。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版でも長谷川氏は「論」とあるのを、右に『〔倫〕』と訂正注を入れておられる。

・「智儀」「儀」は「義」の意。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 鳥類にも智や義の有る事

 

 田舎にては雀が巣を作る際に、とかく、鳶(とび)の巣の下を選んで巣を作ると申す。

 これは蛇の害を免るるがゆえ――鳶が蛇を好み、雀の巣を襲いにくくさせると同時に、襲い来たる蛇を獲り殺して食って呉れるを頼みとしてのこと――の由。

 しかし、これを聴いたある人が言うことに、

「……その雀、蛇の愁いは免れど、その鳶自身がまた、雀やその雛を襲い喰ろう愁いが、これ、御座ろうほどに……」

と疑問を呈したところが、さる御仁、

「――さればとよ。鳶は羽虫が多く湧く。鳶はその子を育てる際も、これに大いに悩まさるる。――ところが雀は、この羽虫を念入りに拾うては、それを自分の子の餌として与えて育てる。――その恩義を思うからのことか――かの己が巣の下の雀らを、これ、害することは御座らぬ。」

と答えた由。

 『鷹は、一晩「ぬくめ鳥」と致いた鳥を翌朝解き放って後、その飛び去った方へは、一両日の間、飛び行くことをせず、そちらの方にては餌の鳥を獲ることもせぬもの』と知人が語って御座ったのにも、これ、暗に符合する話で御座る。

……いやいや寧ろ……今の世の人倫にこそ……智も義なきことを……これ、歎ずるばかりで御座る、の。……

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