『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部 17 金亀楼
◎金龜樓
邊津(へつ)の宮、凉風通ふ神垣にそひ、巖を抱きて海面を拔數十仭の高處に、旅館金龜樓あり。金龜は江の島號に取るなり、明治二十一年四月新築せしに、其翌年八月囘祿の災い(さい)に罹り、十二月再建(さいこん)せしものにて、客室二十を有す、ひとしく眺望に適す。
麓の塵を離れて、凉しき風の通ひくる金龜山、磯馴松(いそなれまつ)の梢の響きは岸の邊を洗ふ波の音に和し、風景の絶美なる、江の島第一と誇るも、さもあらんかし。打ち開けたる眺望、三盃傾け來つて醉餘欄に凭(よ)れば、稻村が崎ま近く立ち、右は三浦の三崎、城が島まで霞ながらに指さゝれ、烟波萬里の海天只藍の如く、白波起るの處歸帆の影朧氣に沒せんとしつ、高欄海氣通して、鮮鱗(せんりん)膳に躍るの快、一興又一興。
[やぶちゃん注:上之宮(中津宮)の上之坊の跡地に立っていた老舗であるが現存しない。エスカーの第二区乗場から江の島神社に向う途中辺りで、現在は広場となっている。挿絵は一ページ分で単色横向きで上下二枚に配す。上図は本文にある「旭の間」とその眺望で、少しだけ説明すると、左手には座敷内で籐か竹細工の鼓型をした椅子に腰かけ、支柱のついた望遠鏡(旅館の備品かと思われる)で三崎房総方向を覗いている浴衣姿の男が描かれ、中央にはカイゼル髯を生やして背広を着たハイカラな男(本書の挿絵では江の島参道を描いた「各旅館の圖」の中景にそれらしいのが二、三人描かれているだけで洋装の人物は極めて稀である)と浴衣姿の男が立っており、後者はやはり同方向を双眼鏡で覗いている。下の図は全景。なお、「磯馴松(いそなれまつ)」のルビは「い」がないが、脱字と見て訂した。]
【2016年1月13日追加:本挿絵画家山本松谷/山本昇雲、本名・茂三郎は、明治三(一八七〇)年生まれで、昭和四〇(一九六五)年没であるので著作権は満了した。】
山本松谷「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」挿絵 金亀楼の図(二枚)
[やぶちゃん注:明治三一(一八九八)年八月二十日発行の雑誌『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」(第百七十一号)の挿絵の四枚目。上部欄外中央に「金亀樓の圖」、下部欄外中央に「同上」とキャプションがある。
往時の繁昌が偲ばれるだけに、廃業前から、しもた屋、そして消失に至るまでを見て来た私には何かいたく淋しい気がする。望遠鏡がナウい。松谷は子どもの描き込みが実に上手い。]
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