春の日の女のゆび 大手拓次
春の日の女のゆび
この ぬるぬるとした空氣のゆめのなかに、
かずかずのをんなの指といふ指は
よろこびにふるへながら かすかにしめりつつ、
ほのかにあせばんでしづまり、
しろい丁字草(ちやうじさう)のにほひをかくして のがれゆき、
ときめく波のやうに おびえる死人(しにん)の薔薇(ばら)をあらはにする。
それは みづからでた魚(うを)のやうにぬれて なまめかしくひかり、
ところどころに眼(め)をあけて ほのめきをむさぼる。
ゆびよ ゆびよ 春のひのゆびよ、
おまへは ふたたびみづにいらうとする魚(うを)である。
[やぶちゃん注:「丁字草」リンドウ目キョウチクトウ科チョウジソウ
Amsonia elliptica。他のキョウチクトウ科植物と同様に全草にアルカロイドを含み、有毒。、五~六月に茎の頂きに集散花序を出し、薄青色の花を多数咲かせる(以上はウィキの「チョウジソウ」に拠る)。拓次は「にほひ」と述べているが、ネット上の記載では確かな香りを記載したものは見当たらない。個人のサイト「かわちのいろいろ見てある記」のこちらのページによると、『姿だけを見ていると良い香りがしそうですが、何となく青臭い感じのにおいがしていました』とある。]
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