月に照らされる年齡 大手拓次
月に照らされる年齡
あめいろにいろどられた月光のふもとに
ことばをさしのべて空想の馬にさやぐものは、
わきたつ無數のともしびをてらして ひそみにかくれ、
闇のゆらめく舟をおさへて
ふくらむ心の花をゆたかにこぼさせる。
かはりゆき、
うつりゆき、
つらなりゆき、
まことに ひそやかに 月のながれに生きる年頃。
月をあさる花
そのこゑはなめらかな砂(すな)のうへをはしる水貝(みづがひ)のささやき、
したたるものはまだらのかげをつくつてけぶりたち、
はなびらをはがしてなげうち、
身(み)をそしり、
ほのじろくあへぐ指環(ゆびわ)のなかに
かすみゆく月をとらへようとする。
ひらいてゆけよ、
ひとり ものかげにくちびるをぬらす花よ。
[やぶちゃん注:「水貝」大手拓次は単なる漠然とした貝類をかく表現したものかも知れない(言わずもがなであるが、料理の水貝なんどではない)が、私はこれが本州以南の潮下線下の砂上に棲息する腹足網後鰓亜網頭楯目オオシイノミガイ上科ミスガイ科ミスガイ(御簾貝)
Hydatina physis のように思われてならない。ウミウシの一種として人気が高いが、私は薄い大型の貝殻も好きである(私は高校時代、秘かに好きだった二つ年上の学校の事務員の女性に、この貝殻を赤のリボンでくくってプレゼントしたのを今、思い出した)。殻表には多数の黒色螺帯があり、一般にはそこに不透明な淡褐色の縦線を有するが個体によってはほとんど見えないものもある。貝殻の中に格納しきれない大きな褐色を帯びたピンク色の軟体部を持ち、フリル状の外套膜の辺縁は青白色を呈し、蛍光する。参照した“The Opisthobranchs of Philippine Sea”の「ミズガイ」のブログ記事に、非常に素早く砂に潜るという記載もあり、こちら「ウミウシ図鑑」の画像を見て頂いても、まさに拓次好みの絢爛さと眩暈的な美しさを持っていることがお分かり戴けるはずである。そして何より、しばしばこの貝は「ミズガイ」と誤記されるのである。同定というよりも寧ろ、この貝であることを私が切望している、と言った方がよい。]