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2013/08/08

雨中を彷徨する 萩原朔太郎 (「みじめな街燈」初出形)

 

 雨中を彷徨する 

 

雨のひどくふつてる中で

 

道路の街燈はびしよびしよぬれ

 

やくざな建築は坂に傾斜し へしつぶされて歪んでゐる

 

はうはう ぼうぼうとした煙霧の中を

 

あるひとの運命は白くさまよふ

 

そのひとは外套に身をくるんで

 

まづしく みすぼらしい鳶(とんび)のやうだ

 

とある建築の窓に生えて

 

風雨にふるへる ずつくりぬれた靑樹をながめる

 

その靑樹の葉つぱがかれを手招き

 

かなしい雨の景色の中で

 

厭やらしく 魂のぞつとするものを感じさせた

 

さうしてびしよびしよに濡れてしまつた。

 

影も からだも 生活も 悲哀でびしよびしよに濡れてしまつた。 

 

[やぶちゃん注:『詩聖』第九号・大正一一(一九二二)年六月号に掲載された。但し、標題の「彷徨」は初出では「彷惶」。誤字或いは誤植として訂した。後に詩集「靑猫」(大正一二(一九二三)年一月新潮社刊)のパート標題「さびしい靑猫」(裏頁に、

 

 ここには一疋の靑猫が居る。さうして柳は

 風にふかれ、墓場には月が登つてゐる。

 

という序詩を載せる)の章の冒頭に、「みじめな街燈」と題を変えて配された。殆んど変化はないが、「靑猫」版を示しておく。 

   *

 

 みじめな街燈

 

 

雨のひどくふつてる中で

 

道路の街燈はびしよびしよぬれ

 

やくざな建築は坂に傾斜し へしつぶされて歪んでゐる

 

はうはうぼうぼうとした烟霧の中を

 

あるひとの運命は白くさまよふ

 

そのひとは大外套に身をくるんで

 

まづしく みすぼらしい鳶とんびのやうだ

 

とある建築の窓に生えて

 

風雨にふるへる ずつくりぬれた靑樹をながめる

 

その靑樹の葉つぱがかれを手招き

 

かなしい雨の景色の中で

 

厭やらしく 靈魂(たましひ)のぞつとするものを感じさせた。

 

さうしてびしよびしよに濡れてしまつた。

 

影も からだも 生活も 悲哀でびしよびしよに濡れてしまつた。

   *

更に、後の四詩集では、総て二行目が、

 

 道路の街燈はびしよびしよにぬれ

 

となっている以外は大きな詩想上の変化はない。この初出から見ると、詩集「靑猫」での変更が最も大きい。]

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