題しらず 萩原朔太郎
題しらず
たれかは知らねど
わが庭の隅に來てたゝづめる男あり
なにごとかは知らねども
その大き指のあひだより
くさばなの種はひとつひとつにこぼれ行く
こぼれて落つる地(つち)のうへに
もゝいろの庭の隅に
そこはかとなく這ひあるく
這ひありくものに形なく音もなし
いま逢魔がときのかなしびは
うら白きともらひ草の葉よりぬけいで
やるせなきわがこゝろの影にしのび泣く
いつの日のいつのことにかありけむ、
ⅩⅨ.Ⅴ.Ⅰ ⅨⅠⅢ
[やぶちゃん注:底本の筑摩版全集第二巻の「習作集第八巻(愛憐詩篇ノート)」より。「たゝづめる」の「づ」はママ。最後のクレジットは一九日五月一九一三年の謂いであるが、誤っている。底本の校訂本文では「1913」年の正しいローマ数字に直して、クレジット全体が「ⅩⅨ.Ⅴ.MCMXCIII」というクレジットに訂してある。]