耳嚢 巻之七 肴の尖たゝざる呪事
肴の尖たゝざる呪事
老人小兒魚肉を喰ふ時、右魚の尖(とげ)不立(たたざる)には、左の眞言をとのふれば尖たつことなし。
ドウキセウコンバンブツイツタイ
□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。民間救急法呪(まじな)いシリーズ。なお、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版ではこの前に同様の呪いで「蜂にさゝれたる呪の事」がある。参考までにここに引いて注と現代語訳を附しておく(恣意的に正字化し、ルビは当該書を参考にしながらも私が必要と思った部分に附した)。
蜂にさゝれたる呪の事
蜂の巣ある所に立寄れば蟲毒(ちゆうどく)を請(うく)る事あり。南無ミヨウアカと云ふ眞言を唱ふれば、蜂動く事能はず、嘴(くちばし)を施す事もならざるなり。蜂を手にして捕へても、右真言を唱ふれば聊(いささか)害なし。予が許へ來る栗原翁、自身ためし見しと語りぬ。
*やぶちゃん注
・「眞言」ここでは真言染みた呪文のこと。
・「栗原翁」このところ御用達の「卷之四」の「疱瘡神狆に恐れし事」の条に『軍書を讀て世の中を咄し歩行ありく栗原幸十郎と言る浪人』とある栗原幸十郎と同一人物であろう。根岸のネットワークの中でもアクテイヴな情報屋で、既に何度も登場している。
*やぶちゃん現代語訳
蜂に刺された際の呪(まじな)いの事
蜂の巣がある場所に近寄ると蜂の毒を受けることがある。その際には「南無ミョウアカ」という呪文を唱えれば、蜂は動くことが出来なくなり、毒針を立てることも、これ、全く出来ずなるものである。蜂を直(じか)に手にて捕えた際にも、この呪文を唱えたならば、聊かも害を受けることがない。これは私の元へ参る例の栗原翁が、自身で試して見て確かなことである、と語って御座った。
これを見るにどうも本条はこの時一緒に栗原翁から語られたもののように感じられる。
・「ドウキセウコンバンブツイツタイ」波のカリフォルニア大学バークレー校版には、
とうきせうこん萬物一體
(恣意的に漢字を正字化した)とある。
■やぶちゃん現代語訳
魚の骨が咽喉に刺さらぬようにする呪(まじな)いの事
老人や小児が魚肉を食う際、その魚の鋭い骨が咽喉に刺さらぬようにするには、左の呪文を唱えれば棘(とげ)は、これ、立つことがない。
ドウキセウコンバンブツイツタイ
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