鬼城句集 夏之部 宵待草の花
宵待草の花 宵待草河原の果に落ちこむ日
[やぶちゃん注:「宵待草」「よひまちぐさ(よいまちぐさ)」は私には拘りのある花である。問題はここで鬼城の見ているそれが何色であるかということが問題になる。結論から言おう。これは九分九厘、太宰の「富嶽百景」の「富士には月見草がよく似合ふ」でも有力な同定候補であるオオマツヨイグサ Oenothera erythrosepalaの類であって、花の色は黄色である。宵待草(よいまちぐさ)は待宵草(まつよいぐさ)・月見草(つきみそう)・夕化粧(ゆうげしょう)などと呼ばれるが、双子葉植物綱フトモモ目アカバナ科 Onagroideae 亜科 Onagreae 連マツヨイグサ属 Oenothera に含まれる一群を特定せずに(狭義の使用区分は後述するように実際にはある)総称する通称である。この「宵待草」と同義である標準和名のマツヨイグサ(待宵草)の方はマツヨイグサ属マツヨイグサ Oenothera odorata というれっきとした一種のみを指すが、実際に「宵待草」や「待宵草」がこの種を限定的に指すものとして使用されることは、植物学や園芸家以外では、まずないと考えてよい。生態から見ても同属に属するものは花が多くの種で黄色い四弁花であり、どの種も雌しべの先端が四裂するのを特徴とする。一日花であり、多くの種で夕刻に開花して夜間咲き続け、翌朝には萎んでしまい(園芸種としてしばしば見かけ、それが野生化もしているヒルザキツキミソウ Oenothera speciosa は昼間にも白または薄いピンク色の花を開いている)、これが複数の和名異名の由来となっているが、参照したウィキの「マツヨイグサ」によれば、実は『マツヨイグサ属には黄色以外の白、紫、ピンク、赤といった花を咲かせる種もある。標準和名では、黄花を咲かせる系統は「マツヨイグサ」(待宵草)、白花を咲かせる系統は「ツキミソウ」(月見草)と呼び、赤花を咲かせる系統は「ユウゲショウ」(夕化粧)などと呼んで区別しているが、一般にはあまり浸透しておらず、黄花系統種もよくツキミソウと呼ばれる。しかし黄花以外の系統がマツヨイグサの名で呼ばれることはまずない。なお黄花以外の種は園芸植物として栽培されているものが多い』(下線やぶちゃん)とある。鬼城の見ているのは河原に自生するそれであり、句の構図は広角で遠景、そこでは背の低い白色系の「月見草」などは映らないから、その点からも背の高い直径約七センチメートルに及ぶの大輪の花を咲かせるオオマツヨイグサ Oenothera erythrosepala か、それより低く、葉の細い マツヨイグサ Oenothera stricta の黄色い花になるのである(オオマツヨイグサは原産地は不明ながらヨーロッパで品種改良された園芸種と考えられており、日本には明治初期の一八七〇年代に渡来して野外に播種、帰化植物化したと思われる)。因みに私は黄色いオオマツヨイグサやマツヨイグサがあまり好きではない(従って太宰のキャッチ・コピーも好かぬ。但し、砂浜海岸に見られるコマツヨイグサ Oenothera laciniata やハマベマツヨイグサ Oenothera humifusa (コマツヨイグサに似るが茎が直立する)はいい。しかし前者は鳥取砂丘で砂丘を緑化する「害草」として駆除されているらしい)。ユウゲショウ Oenothera rosea に至ってはこれ見よがしな紅がはっきり言って嫌いである。……私が好きなのは……もうお分かりと思うが、白色可憐なツキミソウ(月見草)Oenothera tetraptera なのである(グーグル画像検索「Oenothera tetraptera」――白い花だけをご覧下さい)。……三十年前、私の新築前の古い家の地所内の玄関脇に、野生のこの白いツキミソウ Oenothera tetraptera の群落があった。毎日のように泥酔して帰ると、この時期、夢幻(ゆめまぼろし)のように闇の中に十数輪の月見草がぼうっと輝いていたものだった。……ある夜、それを楽しみに千鳥足で帰ってみると……門扉の中側でありながら……一株残らず……綺麗にシャベルでこそがれて持って行かれていた……私はユリィディスを失ったオルフェのように地べたに膝をついて号泣した――]
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