尾瀬の歌――三平峠より尾瀨へ 三首 中島敦
――三平峠より尾瀨へ――
いつしかに會津境も過ぎにけり山毛欅(ぶな)の木の間ゆ尾瀨沼靑く
水芭蕉茂れる蔭ゆ褐色の小兎一つ覗きゐしかも
兎追ひ空しく疲れ草に臥(ふ)しぬ山百合赤く咲けるが上に
[やぶちゃん注:「三平峠」「さんぺいたうげ(とうげ)」は群馬県北東部、利根郡片品村北部にあり、沼田から会津に通じる沼田街道が越える峠で尾瀬峠ともいう。標高一七六二メートル。鳩待峠・富士見峠とともに群馬側からの尾瀬への三つの入口の一つ。眼下に尾瀬沼を見下ろし眺望がよい。
「山百合赤く咲ける」これは思うに単子葉植物綱ユリ亜綱ユリ目ユリ科ユリ属コオニユリ Lilium leichtlinii ではなかろうか。花季は七月から八月で、花弁はオレンジ色や濃褐色で暗紫色の斑点を生じる(濃褐色のタイプは遠望した際、「赤」と表現しておかしくない)。標準種のオニユリ Lilium lancifolium の同属近縁であるが、オニユリが通常の平野や低山性であるのに対し、コオニユリは山地の草原や湿原に生育する。オニユリによく似ているが、全体が一回り小さく、ムカゴを作らず、種子を作る点で異なる(ここまでウィキの「オニユリ」の記載を参考にした)。尾瀬にも植生する。]

