栂尾明恵上人伝記 58 死すとも飲酒戒は破るべからざる仏の教えのこと
或る時、上人久しく冷病(れいびやう)に侵されて不食(ふじき)し給ひける比、醫博士和氣(わけ)の某訪ひ申さん爲に參りたりけるが申しけるは、此の御勞(おんつかれ)はひえの故也、山中霧深く、寒氣烈しき間、美酒を毎朝あたゝめて少しづゝ服せしめ給はゞ宜しかるべき由申しければ、上人仰に云はく、法師は私の身にあらず一切衆生の爲の器(うつは)なり。佛殊に難處(なんじよ)に入りて誠め給ふも此の故なり。放逸(はういつ)に身を捨つべきにあらず。其の上必死の定業(ぢやうごふ)をば佛も救ひ給はず、されば耆婆(きば)が方も老を留る術なく、扁鵲(へんじやく)が藥も死を助くる德なし。若し予暫くも世に住して益有るべきならば、三寶の擁護により病癒え命(いのち)延ぶべし。さあるまじきに於ては、佛の堅く誠め給ふ飮酒戒(おんじゆかい)をば犯すべからず。殊に酒は二百五十戒の中より十戒にすぐり、十戒の中より五戒にすぐりたる、其の隨一なり。蠱毒(こどく)は只一生を亡ぼす失あり、酒毒は是れ多生をせむる罪あり。縱ひ一旦かりの形を助くとも小利大損たるべし。佛は寧ろ死すとも犯すべからずと誠め給へり。予若し藥の爲に一滴をも服せば、何事がなかこつけせんと思ひけなる法師共故、御房(ごぼう)も時々酒は吸ひ給ひしなんど云ふためし引き出して、此の山中さながら酒の道場となるべし。仍て斟酌(しんしやく)なきに非ずと云々。
[やぶちゃん注:「耆婆」ジーヴァカ。通常は「ぎば」と濁る。古代インドのマガダ国ラージャグリハの医師。阿闍世(あじゃせ)が父王頻婆娑羅(びんばしゃら)を殺害した後、悔恨の念を懐き、悪瘡を生じたことから、釈迦に会いに行くよう勧めて仏教に帰依させた人物として知られ、釈迦自身も堤婆達多(だいばだった)から投げつけられた岩で傷ついた際や風邪をひいた際に治療を受けたとされる仏教の伝説上の名医。
「扁鵲」戦国時代(紀元前四世紀頃)の中国の伝説的名医で脈診の達人。仙人長桑から秘伝書を授かり、仮死状態の人間を蘇生させたり、斉の桓候の病態を三度の謁見だけで見通し、死を過たず予告したりした。]
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