菠薐草(スピネツヂ)の歌 五首 中島敦、ポパイを詠う
中島敦の短歌を読んでゆくと「山月記」の中島敦のイメージが眼を見開かすような眩しい極彩色で塗り替えられてゆく。――今度は――中島敦、ポパイを詠う――である
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菠薐草(スピネツヂ)の歌
早口のポパイが泣き濁聲(だみごゑ)を土曜の午後に聞けば樂しき
老水夫ポパイが踊るシュトラウスのワルツ阿修羅の如くなりけり
ジャングルにポパイが象の鼻をつかみ麻幹(をがら)の如く振り廻しけり
打ちのめされてやをら取出す菠薐草(スピネツヂ)俄然ポパイは力充(み)ち滿つ
スクリィンの漫畫消えつゝ響くなる‘I am Popye, the sailor-man.(アイ・アム・ポパイ・ザ・セイラア・マン)’
[やぶちゃん注:ウィキの「ポパイ」によれば、ポパイは一九二九年にアメリカの漫画作家エルジー・クリスラー・シーガー(Elzie Crisler Segar)により、「シンブル・シアター(Thimble
Theatre)」というコミック作品の中で生み出されたキャラクターで、初めは主人公のハム・グレイヴィ(Ham
Gravy)とその恋人オリーブ・オイル(Olive Oyl)・オリーブの兄カスター・オイル(Castor Oyl)が中心の漫画で、オリーブ達よりも十年遅れて登場したポパイは当初脇役であったが、何をやっても不死身な所から一躍人気キャラクターとなり、ハムの主役の座とその恋人オリーブを瞬く間に奪い去ってしまった。一九三〇年代に入ると、同作の短編アニメ(カートゥーン)映画がフライシャー・スタジオによって次々と制作されるようになった。今日知られるポパイはこのアニメ版といっても過言ではない、とある。本歌稿の成立時期は昭和一二(一九三七)年前後であり、中島が映画館でみたそれは、英語版ウィキの“Popeye the Sailor filmography (Fleischer Studios)”にリストされたどれかであると考えてよい。「シュトラウスのワルツ」「ジャングルにポパイが象の鼻をつか」むが同定のキー・ワードである。「I am Popye, the sailor-man.(アイ・アム・ポパイ・ザ・セイラア・マン)’」の部分は底本では横書英文本文右に( )内のルビが縦書で振られている。]