無用の書物 萩原朔太郎 (初出形)
無用の書物
(虛妄の正義の序詩として)
蒼白の人
路上に書物を賣れるを見たり。
肋骨(あばら)みな瘠せ
軍鷄(しやも)の如くに呌べるを聽く。
われはもと無用の人
これはもと無用の書物。
一錢にて人に賣るべし。
冬近き日に袷を着て
われの窮乏は醋えはてたり。
風邪吹く巷に行人散り
古き友情さへも我れを知らず。
いかなれば淚を流して
かくも黃色く古びたる紙頁の上に
わが情熱するものを情熱しつつ
さびしき宇宙を獨り語らむ。
ああ我はわれはもと無用の人
無用の書物を街に賣るべし。
[やぶちゃん注:『文藝春秋』第八巻第一号・昭和五(一九三〇)年一月号に掲載された。副題に「虛妄の正義の序詩として」とあるが、昭和四(一九二九)年十月第一書房刊のアフォリズム集「虛妄の正義」には本詩は掲載されていない。後の昭和九(一九三四)年第一書房刊の「氷島」に所収される「無用の書物」の初出形であるが、「氷島」では、
無用の書物
蒼白の人
路上に書物を賣れるを見たり。
肋骨(あばら)みな瘠せ
軍鷄(しやも)の如くに叫べるを聽く。
われはもと無用の人
これはもと無用の書物
一錢にて人に賣るべし。
冬近き日に袷をきて
非有の窮乏は酢えはてたり。
いかなれば淚を流して
かくも黃色く古びたる紙頁(ぺえぢ)の上に
わが情熱するものを情熱しつつ
寂しき人生を語り續けん。
われの認識は空無にして
われの所有は無價値に盡きたり。
買ふものはこれを買ふべし。
路上に行人は散らばり去り
烈風は砂を卷けども
わが古き感情は叫びて止まず。
見よ! これは無用の書物
一錢にて人に賣るべし。
と改稿されている。]
« 歸航の途次八丈に寄る 八重根港に上陸、直ちに野天にて牛乳の饗應を受く 二首 中島敦 (「小笠原紀行」より) | トップページ | 『風俗畫報』臨時增刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部 15 惠比壽樓 »