しろいものにあこがれる 大手拓次
しろいものにあこがれる
このひごろの心(こゝろ)のすずしさに
わたしは あまたのしろいものにあこがれる。
あをぞらにすみわたつて
おほどかにかかる太陽(たいやう)のしろいひかり、
蘆(あし)のはかげにきらめくつゆ、
すがたとなく かげともなく うかびでる思(おも)ひのなかのしろい花(はな)ざかり、
熱情(ねつじやう)のさりはてたこずゑのうらのしろい花、
また あつたかいしろい雪(ゆき)のかほ、
すみしきる十三のをとめのこころ、
くづれても なほたはむれおきあがる靑春(せいしゆん)のみどりのしろさ、
四月(ぐわつ)の夜(よる)の月(つき)のほほゑみ、
ほのあかい紅(べに)をふくんだ初戀(はつこひ)のむねのときめき、
おしろいのうつくしい鼻(はな)のほのじろさ ほのあをさ、
くらがりにはひでる美妙(びめう)な指(ゆび)のなまめかしい息(いき)のほめき、
たわわなふくらみをもち ともしびにあへぐあかしや色(いろ)の乳房(ちぶさ)の花(はな)、
たふれてはながれみじろぐねやの祕密(ひみつ)のあけぼののあをいいろ、
さみだれに ちらちらするをんなのしろくにほふ足(あし)。
それよりも 寺院(じゐん)のなかにあふれる木蓮(もくれん)の花(はな)の肉(にく)、
それよりも 色(いろ)のない こゑのない かたちのない こころのむなしさ、
やすみをもとめないで けむりのやうにたえることなくうまれでる肌(はだ)のうつりぎ、
月はしどろにわれて生物(いきもの)をつつみそだてる。
[やぶちゃん注:「木蓮(もくれん)」のルビは底本では「もくれ」。脱字と見て訂した。
「うつりぎ」は「移り氣」で、ここは不図した弾みで生じる感情、特に異性に惹かれる思い、出来心の謂いであろう。]
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