西藏のちひさな鐘 大手拓次
西藏のちひさな鐘
むらさきのつばきの花をぬりこめて、
かの宗門のよはひのみぞにはなやかなともしびをかかげ、
憂愁のやせさらぼへた馬の背にうたたねする鐘よ、
そのほのぐらい銀色(ぎんいろ)のつめたさは
さやさやとうすじろく、うすあをく、
嵐氣(らんき)にかくされたその風貌の刺(とげ)のなまなましさ。
鐘は僧形のあしのうらに疑問のいぼをうゑ、
くまどりをおしせまり、
笹の葉のとぐろをまいて、
わかれてもわかれてもつきせぬきづなの魚(うを)を生かす。
[やぶちゃん注:「西藏のちひさな鐘」とはチベット仏教で用いられる仏具マニ車(摩尼車)のことである。]