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2013/08/18

耳嚢 巻之七 不義業報ある事

 不義業報ある事

 

 上總國久留里(くるり)城下宿に、銕物屋(かなものや)平五郎と言(いふ)ものあり。同領は勿ろん近郷近國の鍬鎌其外を拵へ賣出し、餘程の富家なる由。廿年程以前の事也に、妻の妹逗留なしけるに、妹は艷色ありて妻には遙(はるか)に容貌まさりければ、平五郎心を掛(かけ)けれど、其妻甚(はなはだ)の妬氣者生質(ときしやきしつ)ゆへ何となく打過(うちすぎ)しに、或時の年、石尊參詣の連(れん)大勢女連(をんなづれ)もありて、妻は殘り妹は石尊へ參詣せしが、道中にて密通なし歸りけるが、妹心に惡を生じ、何卒姉を除(のぞき)、我(われ)妻にならんと思ひ、平五郎も聢(しか)あらばと思ひて其妻への當り以の外也ければ、彼是(かれこれ)事六ケ敷(むつかしく)もつれ終に妻をば離別し、其妹を如何(いかが)なせしや妻となしぬ。然るに平五郎が方へ晝夜となく蛇出て、或は大きく又少(ちひさ)きも有(あり)しが、後の妻なる者をうれひ、程なく病をうけ身まかりぬ。平五郎は如何せしや腰ぬけ、今に存命なりと彼(かの)國の人語りける。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特になし(上総の出来事であるが、先の松平(池田)斉政の上総介はただの官職名であるから連関性を認めることは出来ない)。不義密通に絡む怪異譚。少々、訳のコーダに私の色をつけさせて貰った。

・「上總國久留里」上総国望陀郡(まくだのこおり/もうだぐん)久留里(現在の千葉県君津市久留里)にあった久留里藩。本話執筆当時(「卷之七」の執筆推定下限は文化三(一八〇六)年)は第五代藩主黒田直方(安永七(一七七八)年~天保三(一八三二)年)。彼は第二代藩主黒田直亨(享保一四(一七二九)年~天明四(一七八四)年)の妾腹の三男であったが、享和元(一八〇一)年に甥に当たる黒田直温(なおあつ 天明四(一七八四)年~享和元(一八〇一)年:天明六(一七八六)年藩主となるも夭折。享年十八歳。)が嗣子なくして死去したために養子として家督を継いでいる。しかし本文には「二十年程の以前」とあるから、その、先代黒田直温、若しくは直温の父で第三代藩主黒田直英(宝暦八(一七五八)年~天明六(一七八六)年:天明四(一七八四)年藩主。二十九で急逝。)の頃か、へたをすると遡る現藩主の実父である第二代黒田直亨の時代の可能性さえも出てこよう(以上はウィキの「久留里藩」の各藩主のリンク先ウィキを用いた)。

・「石尊」現在の神奈川県伊勢原市にある大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)。「耳嚢 巻之三 無賴の者も自然と其首領に伏する事」に既注。

・「後の妻なる者をうれひ」底本では「者」の右に『(之脱カ)』と傍注する。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、『後の妻なる妹は是を愁ひて』とある。これで訳した。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 不義に業報ある事

 

 上総国久留里(くるり)の御城下宿駅に金物屋平五郎と申す者が御座る。

 同領は勿論、近郷近国の鍬(くわ)や鎌、その外の金物を拵えては売り出し、よほどの豪家となっておる由。

 さても、今から二十年以前の事で御座る。

 平五郎妻の妹なる者、かの家に長逗留致いて御座ったと申す。

 この妹、なかなかの美人にて、平五郎の妻よりも遥かに容貌が優(まさ)っておったによって、平五郎、秘かに執心致いて御座ったが、その妻なる者は、これ、甚だ妬気(とき)激しい気質(きしつ)であったがゆえ、なかなかに思いを遂げられず、無為に時が過ぎて御座った。

 しかしある年のこと、平五郎、大山石尊参詣連中――これには大勢の女連れも御座った――に参じ、妻は残り、妹は平五郎とともに石尊へと参詣致いた。

 この道中にて、二人はうまうまと密通をなし、帰って御座ったが、それからというもの、妹は内に悪心を生じ、

「――何卒……姉を追い出し……妾(わらわ)が妻にならんとぞ思う……」

と思いの丈を平五郎に囁く。囁かれた平五郎もまた、

「――しかと――あらば……」

と、内々に密約致いて、その時より、平五郎の妻への仕打ちは、これ以ての外に苛烈にして過酷なるものと相い成った。

 そのうち、平五郎と妹は二人して、あれやこれやと妻に難癖をつけては、わざとごたごたを起こいて、遂には――ありもせぬ妻の不義密通やら、妻の妄想狂乱なんどと申す流言蜚語を拵えては――妻をば、うまうまと離別致いて、その妹を――これまた、どうやったものか――すんなりと妻となして御座った。

 しかるにそれより後、平五郎が方へ、

……昼夜(ちゅうや)となく

――蛇が出でる……

……あるいは……太く大きなる

……あるいはまた……小さく細き

――無数の蛇が出でる……

……屋敷内を……不気味にぬたくっては姿を消し……消しては……また出でる……といった怪異が続いた。……

――結局……後妻となった妹は半ば気がおかしゅうなって……ほどのぅ……病いを受け……これ……身罷ってしもうた。……

――一方……平五郎はと申さば……如何致いたものか……後妻の死の直後に……腰が抜けて……蛇のように畳をぬたくっては……今に存命である由……

と、かの国の在の御仁の語った話で御座る。

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