霧・ワルツ・ぎんがみ――秋冷羌笛賦 於ける雨裸徂阜(ウラゾフ) 五首 中島敦
(以下五首 於雨裸徂阜(ウラゾフ))
[やぶちゃん注:ロシア料理か、それとも前の短歌に詠まれたロシア菓子店と同一か。五首目「禹喇象麸の」の短歌の注も参照のこと。]
ハルピンのキタヤスカイにわが賞(め)でしサモワァル見つこの店にしも
[やぶちゃん注:「ハルピンのキタヤスカイ」不詳。恐らくは昭和十一(一九三六)年八月八日から三十一日までの中国旅行の帰路のハルビンに立ち寄った際のことを言っていると思われるが、「キタヤスカイ」が分からない。地名のようにカタカナ書きであるが、これは何か旅館か店屋(遊廓?)などの屋号のようにも思われるし、またハルビン北方のロシア国境と接する地にかつて「北安省」があったからそれを「北安界」と表記したとも考え得る。識者の御教授を乞う。]
グレゴリイ七世に似る露西亞びと今日も茶を飮みパイプ磨きつ
あんだんて・かんたびれなど聞かまほしロシア茶を飮みもの思ひつゝ
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「ヽ」。]
ピロシキは宜しきものかうつたへに吾が喰ひをれば夜ぞ更(くだ)ちける
禹喇象麸の店に茶を飮む宵々を吾師エピクロス咎め給はじ
[やぶちゃん注:「禹喇象麸」は詞書とは違った漢字を恐らくは中島敦が勝手に店名の「ウラゾフ」というロシア語(恐らく人名“Власов”ウラソフ由来)に万葉仮名風に宛てたものであろう。]
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