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2013/09/19

「伊賀越道中双六」第一部冒頭「和田行家屋敷の段」の襖に書かれた漢詩について(参考資料)

 「伊賀越道中双六」第一部について、どうしも先に一つだけ申し上げておきたいことがある。
 最初の「和田行家屋敷の段」で襖に大きな字で五言律詩が書かれている。教師時代の哀しい性(さが)で、どうしてもそれを訓読しないと僕自身が承知しない。ところが最後の一句の訓読と意味がどうも自信がなく、それが気になって、この段、冒頭なのに、やや芝居に集中出来なかった嫌いがあった。解説書にも何にも書かれていない(私が編者なら詩の作者と題名ぐらいは解説するけどなあ。そもそもあの漢詩は原作者が舞台道具に指示したものなのか。それともそうでないのか――後の大道具の才覚なのか――も実は分からぬのである)。
 ざっと管見したところでは、劇評でこの詩を採り上げておられる方も見当たらない(見当たらないのが不思議な気がする。皆、あの漢詩の意味が分かったのか? 気になる人はいなかったのか? 僕はどうしても気になったのだ)。
 これから第一部を見ようというお方が、僕の様にならぬとも限らぬので一つ、以下にあの漢詩と評注を示しておこうと思う。
 あれは知られた「唐詩選」や「全唐詩」に所載する盛唐の詩人

高適(こうせき)

の五律

「送劉評事充朔方判官賦得征馬嘶」
 劉評事(りゅうひょうじ)が朔方(さくほう)の判官(はんがん)に充(あ)てらるるを送る 征馬嘶(せいばし)を賦(ふ)し得たり

である。遠い大学二年の時に読んでいるはずなのだが(底本の文庫には「1976.11.10」の読了クレジットが記してある)、最後の句の意味は結局、ついさっき、本書を開いてやっと分かったという体たらくであった。
 なお、訓読中の読みに限っては若い読者のために現代仮名遣で示した。語釈には岩波文庫一九六二年刊の前野直彬注解「唐詩選」を一部参考にしたが、自分の読みを大事にし、現代語訳は私の全くのオリジナルである。

 送劉評事充朔方判官賦得征馬嘶   高適

征馬向邊州
蕭蕭嘶不休
思深應帶別
聲斷爲兼秋
岐路風將遠
關山月共愁
贈君從此去
何日大刀頭

 劉評事が朔方の判官に充てらるるを送る 征馬嘶を賦し得たり   高適

征馬 邊州に向ひ
蕭蕭として嘶(いなな)きて休(や)まず
思ひの深きは 應(まさ)に別れを帶びたればなるべし
聲の斷ゆるは 秋を兼(か)ぬるが爲(ため)なり
岐路(きろ) 風と將(とも)に遠く
關山(かんざん) 月と共に愁ふ
君に贈る 此れより去らば
何れの日か 大刀頭(だいとうとう)

●語釈
・劉評事:不詳。官名の評事は地方の司法行政(特に刑獄に関わる事務)を巡察する「司直」の下官。
・朔方判官:「朔方」は現在の中華人民共和国内モンゴル自治区南部のオルドス市。黄河が北に大きく屈曲した地点の内側(南部分)に当るオルドス高原に位置する。「判官」はその朔方節度使の属官。
・征馬嘶:ここでは送別会の席での詩題。「征馬嘶」(旅行く馬が嘶く)の意。
・賦し得たり:宴会などで大勢が詩を作り合う際、古い詩文の一句や一字若しくは詩題を配当したり、引き当てたりすることを指している。この時は送別の宴席で高適が「征馬嘶」という詠題を与えられて作った送別の贈答詩であることを言っている。
・辺州:国境近くの州。朔方を指す。ここは長安からは険しい山岳を挟んで直線でも五〇〇キロメートル以上離れている。
・蕭蕭:馬の物悲しい嘶きの形容。
・不休:これは「全唐詩」の表記。「唐詩選」では、

 未休

とし、その場合は、

 蕭蕭として嘶きて未だ休(や)まず

と訓ずることになる。
・帶別:別離の深い哀調を帯びている。
・兼秋:陰暦七~八月の秋三月(みつき)の異称。ここの訓読は対句性を伝える古来のものに従ったが、私は自分が中国音で読めない以上、妙に調子を合わせた意味の取りづらい訓読をするくらいなら、いっそ、

 聲の斷ゆるは 兼秋(けんしゅう)たればなり

と訓ずればよいのに、と私は思うものである。
・岐路:追分。分かれ道。
・関山:関所のある山。「伊賀道中双六」の「竹藪の段」と関わってくる。
・大刀頭:これは漢詩にしばしば見られる音通による隠語で「還る」の意。古楽府にある「何當大刀頭、破鏡飛上天大刀」(何(いつ)か當(まさ)に大刀頭して、破鏡飛びて天に上るべき)に基づくもの。この「大刀頭」は、文字通り、大きな刀の柄頭(つかがしら)のことで、中国の場合はそこに環(わ)が附いている。その「環」を同音の「還」に掛けて言ったのである。「伊賀道中双六」では「正宗の太刀」が重要なアイテムとなり、また、「何時、帰ってくるのだろう」という言葉は準主役の青年剣士和田志津馬が、最後に美事父の敵討を果たして帰参することを暗示することにもなっているのだと私は思うのである。

■やぶちゃん現代語訳

 劉評事が朔方の判官に充てられることになって見送る その際に「征馬嘶(せいばし)」という詩題を得て詠んだ詩(うた)   高適

旅人を載せて行く馬は――辺境の地へと向かい――
ものさびしく響くその嘶(いなな)きは――一向に已(や)む気配がない……

その嘶きの思いが深いのは――まさに別離の憂愁に満ちているからに外ならず――
その嘶きの声が虚空に消えてゆくのは――まさに士の哀しむ秋だからに他ならぬ――

君を送るこの岐路(わかれみち)――風とともに遠い彼方へと君は去ってゆくのだ……
辺境の砦の山の上――そこにさし昇る月の光とともに私はこの別離を哀傷する……

君に贈ろう――「……ここから……君が去ってしまったら……
一体何時(いつ)、僕のもとへと……帰って来てくれるんだ?」と。……


【追記】同外題公演の完全劇評はこちら

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