頸をくくられる者の歡び 大手拓次
頸をくくられる者の歡び
指(ゆび)をおもうてゐるわたしは
ふるへる わたしの髮(かみ)の毛をたかくよぢのぼらせて、
げらげらする怪鳥(くわいてう)の寢聲(ねごゑ)をまねきよせる。
ふくふくと なほしめやかに香氣(かうき)をふくんで霧(きり)のやうにいきりたつ
あなたの ゆびのなぐさみのために、
この 月(つき)の沼(ぬま)によどむやうな わたしのほのじろい頸(くび)をしめくくつてください。
わたしは 吐息(といき)に吐息(といき)をかさねて、
あなたのまぼろしのまへに さまざまの死(し)のすがたをゆめみる。
あつたかい ゆらゆらする蛇(へび)のやうに なめらかに やさしく
あなたの美(うつく)しい指(ゆび)で わたしの頸(くび)をめぐらしてください。
わたしの頸(くび)は 幽靈船(いうれいぶね)のやうにのたりのたりとして とほざかり、
あなたの きよらかなたましひのなかにかくれる。
日毎(ひごと)に そのはれやかに陰氣(いんき)な指(ゆび)をわたしにたはむれる
さかりの花(はな)のやうにまぶしく あたらしい戀人(こひびと)よ、
わたしの頸(くび)に あなたの うれはしいおぼろの指(ゆび)をまいてください。
[やぶちゃん注:終わりから三行目の「指(ゆび)をわたしにたはむれる」の「指(ゆび)」のルビは「び」がカスれている。諸本確認の上で訂した。]

