中島敦短歌拾遺(4) 昭和12(1937)年手帳歌稿草稿群より(1)
[やぶちゃん注:以下は、底本の「手帳」の部の「昭和十二年」に出現する多量の歌稿草稿。抹消された箇所は取消線で示したが、歌全体が抹消されているものについては読み易さを考え、末尾に【全抹消】という注記を附した。各歌間(私の注を含め)は一行空けとした。底本にある改頁記号は総て省略した。]
人間の叡智も愛情(なさけ)も亡びなむこの地球のさだめ悲しと思ふ【全抹消】
人類のほろびの前に凝然と懼れはせねど哀しかりけり【全抹消】
我はなほ人生を愛す冬の夜の喘息の發作苦しかれども【全抹消】
おしなべて愚昧(くら)きが中に燦然と人間のチエの光るたふとし【全抹消】
あるがまま醜きがままに人生を愛せむと思ふ他にみちなし【全抹消】
[やぶちゃん注:……敦よ、その君が「たふと」いと言ったはずの知恵が、君がかく詠んで直ぐに原子力を作り出すのだ……それは君の最初の二首にフィード・バックして響き合う……人間の叡智も愛情も亡びなむこの地球のさだめ悲しと思ふ……人類のほろびの前に凝然と懼れはせねど哀しかりけり……さ、歩こう、預言者――]
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……歌の出来不出来とは違う何かが、私にはこの抹消には感じられてならない。……彼は公私ともにこういう歌を詠みたいと思いながら……しかし封印し続けた――し続けねばならなかった――のではあるまいか?……