耳嚢 巻之七 養生戒歌の事 / 中庸の歌の事
養生戒歌の事
予許へも來りし横田泰翁とて、和歌を詠じて人も取用(とりもちゐる)叟(おきな)なりしが、或時咄しけるは、去(さる)翁の戒にせよとて詠(よみ)て贈りしざれ歌なり迚、
朝寢どく晝寢又毒酒少し食をひかへて獨寢をせよ
□やぶちゃん注
○前項連関:長寿養生譚で直連関。正直、類話・類歌でつまらぬ。
・「横田泰翁」底本の鈴木氏注に、『袋翁が正しいらしく、『甲子夜話』『一語一言』ともに袋翁と書いている。甲子夜話によれば、袋翁は萩原宗固に学び、塙保己一と同門であった。宗固は袋翁には和学に進むよう、保己一には和歌の勉強をすすめたのであったが、結果は逆になったという。袋翁は横田氏、孫兵衛といったことは両書ともに共通する。『一宗一言』には詠歌二首が載っている』とある。
■やぶちゃん現代語訳
養生戒の歌の事
私の元へもよく参る、横田泰翁と申されて、和歌を詠じられてはよく人の歌会や行事に招き寄せらるるご老人があるが、ある時、話されたことには、さる老人が養生の戒とせよとて、詠んで贈られた戯れ歌で御座るとて、紹介して呉れた狂歌。
朝寝どく昼寝又毒酒少し食をひかへて独寝をせよ
*
中庸の歌の事
右の泰翁中庸の歌とて、人の需(もとめ)しに、詠得(よみえ)ぬるとおもひ侍るとて語りぬ。
すぐなると用ゆるをのも曲らねばたゝぬ屛風も世の中ぞかし
□やぶちゃん注
○前項連関:横田泰翁直談咄直連関。
・「すぐなると用ゆるをのも曲らねばたゝぬ屛風も世の中ぞかし」歌意は、
――真っ直ぐでなくては物を截ち割ることのが出来ぬ斧のような物もあれば――曲らねば立ちようがない屛風のような存在もある――と申すが、これ、世の中というもの――
岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、
すぐなると用ゆるものもまがらねば足らぬ屛風も世の中ぞかし
とある。本書の方がよい。
■やぶちゃん現代語訳
中庸の歌の事
右の泰翁殿、
「……中庸の歌と申して人から需められましたによって、詠みましたとろ、まあ、少しは上手く詠めたのではないか、と思いまして。……」とて、語り聴かせてくれた狂歌。
すぐなると用ゆるをのも曲らねばたゝぬ屛風も世の中ぞかし