秋の燈やゆかしき奈良の道具市 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
秋の燈(ひ)やゆかしき奈良の道具市
秋の日の暮れかかる燈ひともし頃、奈良の古都の街はずれに、骨董など賣る道具市が立ち、店々の暗い軒には、はや宵の燈火(あかり)が淡く灯つて居るのである。奈良といふ侘しい古都に、薄暗い古道具屋の竝んだ場末を考へるだけで寂しいのに、秋の薄暮の灯ともし頃、宵の燈火(あかり)の黄色い光をイメーヂすると、一層情趣が侘しくなり、心の古い故郷に思慕する、或る種の切ないノスタルジアを感じさせる。前に評釋した夏の句「柚(ゆ)の花やゆかしき母屋の乾(いぬゐ)隅」と、本質において共通したノスタルジアであり、蕪村俳句の特色する詩境である。尚ほ蕪村は「ゆかしき」といふ言葉の韻に、彼の詩的情緒の深い咏嘆を籠こめて居る。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「秋の部」より。評釈中の「柚の花や」の評釈を以下に示す。
柚(ゆ)の花やゆかしき母屋(もや)の乾隅(いぬゐずみ)
土藏などのある、暗くひつそりとした舊家であらう。その母屋の乾隅(西北隅)に柚の花が咲いてるとも解されるが、むしろその乾隅の部屋――それは多分隱居部屋か何かであらう――の窓前に、柚の花が咲いてゐると解する方が詩趣が深い。舊家の奥深く、影のささないひつそりした部屋。幾代かの人が長く住んでる、古い靜寂な家の空氣。そして中庭の一隅には、昔ながらの柚の花が咲いてゐるのである。この句の詩情には、古い故郷の家を思はせるような、或は昔の祖母や昔の家人の、懷かしい愛情を追懷させるやうな、遠い時間への侘しいノスタルヂアがある。これもやはり、蕪村の詩情が本質して居る郷愁子守唄の一曲である。ついでに表現の構成を分析すれば、「柚の花」が靜かな侘しい感覺を表象し、「母屋」が大きな舊家――別棟や土藏の付いてる――を聯想させ、「乾隅」が暗く幽邃な位置を表象し、そして「ゆかしき」といふ言葉が、詩の全體にかけて流動するところの、情緒の流れとなつてるのである。
太字「ひつそり」は底本では傍点「ヽ」。]
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