鬼城句集 秋之部 天文 名月/無月
天文
名月 今日の月馬も夜道を好みけり
十五夜やすゝきかざして童達
小百姓の屛風持ちけり今日の月
十五夜や障子にうつる團子突
[やぶちゃん注:「團子突」団子突きは団子刺しともいい、これ自体が十五夜、秋の季語となるもので、十五夜に供えられた月見団子を村落の子供たちが盗んで回る風習を指す。全国的に見られるもので、参照した「お話歳時記」の「九月ー重陽の節句とお月見」によれば、『盗んで食べた子どもは長者になるとか、七軒盗んで食べたら縁が早いとか、子のない人が食べると子ができる、などと言われ』、『盗まれた家でも「十五夜団子は盗まれるほどいい」と言ってかえって歓迎し』た。『このことは、供えたものがなくなったのは神がそれを食べたことを意味し、願い事がかなったのだとする一方、神に供えたものをたくさんの人で分け合って食べれば、神様も喜んでくれると解釈したからで』ある、とある(これは一種の神人共食や童子神(童形神性)であろう)。『また、十五夜の夜だけは他人の畑の果物や作物などを盗んでもかまわないという風習』も各地にあって、『秋田県仙北郡に伝わる「片足御免」他人の畑でも片足だけ入れて取るのは許される)、「襷(タスキ)一ばい」(襷で結わえられるだけは許される)』とった例が挙げられている。最後に『しかし、学校教育が普及するにつれて盗むという行為はよくないとされ、現在ではほとんど行われなくなりました』という記載が運命共同体としてのムラの崩壊や近代化が簒奪してゆく民俗社会を語って何やらん、淋しい思いがする。]
十五夜の月にみのるや晩林檎
[やぶちゃん注:「晩林檎」「おそりんご」と読むか。]
十五夜の月に打ちけり鱸網
[やぶちゃん注:「鱸網」は「すずきあみ」。河川の景と私は見る。条鰭綱棘鰭上目スズキ目スズキ亜目スズキ科スズキ
Lateolabrax japonicas 及びその近縁種は河川のかなり塩分の低い水域にも進入する(私は柏尾川を戸塚駅付近まで遡上している有意に大きな個体群を見たことがある)。これ自体が秋の季語。]
無月 娼家の灯うつりて海の無月かな
藻を刈つて淋しき沼の無月かな
瘦馬の無月に早き足搔かな
牛追ふや無月を好む牛の性
川上は無月の水の高さかな
五六疋牛牽きつるゝ無月かな
臆病な馬を渡船して無月かな
[やぶちゃん注:「渡船して」はこれで「わたして」と訓じているか。]