嘔吐 藤森安和
嘔吐
岩波写真文庫の
ページを
私はめくった。
初めに
原爆被害市
広島
長崎が私の
眼の前にあらわれた
鉄骨の壁は
腐敗した
人間の肉のように
爛れ
木材の建物は
黒い灰のまま
くずれ
形が残り。
爛れずにいる
鉄筋の壁には
人間のとけた
黒い
死にあとがある。
人間。
女の頭は
男のように
丸坊主。
坊主頭の上には
ケロイドの山があり
男の胸には
ケロイドの
乳山がある。
男女とも
背中と言わず
足
手に
ケロイドの
溶岩が流れている。
彼らは
おのれの苦しみを
敵にふきかけようと
隣を見る。
だが
隣りにも
おれと同じ
苦しみになやむ
同伴を見る。
同伴からそらした
気違いの眼を
空に向ける。
*
次のページには
ボディビルの肉体と
ストリッパーの肉体
がある。
*
私は
二ページ目の
人間だ。
あの原爆被害者より
百倍も幸福なのに
不幸だと言って
悲感し
姦婦の堕落した
肉体を
もてあそんでいる。
私は
幸福な人間なのだ。
マッチのケロイドに
死んでしまうと
叫ぶ
人間なのだ。
*
(藤森安和「十五才の異常者」昭和三五(一九六〇)年荒地出版社刊より)