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2013/09/06

耳嚢 巻之七 古狸をしたがへし強男の事

 古狸をしたがへし強男の事

 上總國勝浦に山道の觀音坂といふ所有。今は昔大き成(なる)榎木(えのき)ありて、榎木の前を通る者もの兎角して坊主にせし怪有(あり)。彼(かの)地の強勇(がうゆう)の若もの、我彼怪を退治せんと友立(ともだち)にちかゐて、所持の脇差を帶し、深夜をかけて彼榎の本に至り、脇差を拔放(ぬきはな)し、妖怪今や出ると勢ひこんで待(まち)しに何の沙汰もなし。さればこそ臆病樣(ざま)にこそ、怪にもあい抔自讚して、夜明(あけ)ぬれば宿へ歸(かへり)、扨友達に妖怪の沙汰さらになき事と語りしに、御身の天窓(あたま)を見たまへと人々の言に、手をやり見ればいつの間にや法師になりぬ。其邊に居けるおの子是を見て、扨も口おしき事也、我行(ゆき)ためさんと、覺(おぼえ)の一腰を帶(おび)、夜に入(いり)彼所に至り、榎の枝の上に登り今や今やと樣子を見しに、其隣成(なる)者來り、榎のうへはあぶなし、其上御身の妻むしけ付(づき)たれば歸り給へといゝければ、我友達と約束して來りぬ、御身今宵はいか樣成事有(さまなることあり)ても返り難しと、一向に請(うけ)がはねば、せん方無(かたなく)て彼迎(むかへ)の者も返りしが、又暫くありて壹人來(きて)、御身の妻産はすみぬれど難産にて甚だ危し、ひらに歸り給へといゝし。假令(たとひ)妻相果(あいはつ)とも今宵は難歸(かへりがたし)と取合(とりあは)ず。是も詮方なく歸りぬ。暫くも過(すぎ)て名主來り、組下の者度々迎ひに差越共(さしこせども)かへらず、既に妻はみまかりたり、取置(とりおき)の事もあればひらに歸り候へと叱りければ、名主の申さるゝ事にても夜明(あけ)ざる内はかへりがたしとて、更に請(うけ)つけぬゆゑ名主も歸りぬ。又暫くありて火(ほ)の陰(かげ)見えて、棺郭樣(かんかくやう)のものを榎の元へ荷ひ來り、火をかけし躰(てい)也しが、火の中より我(わが)女房髮を亂し現れ出(いで)、我等産にくるしみ殊にはか無(なく)なりしを歸り見ざる恨めしさよと、色々恨み罵り、やがて榎へ登る氣色なれば、帶せる脇差を拔(ぬき)はなし、一刀兩だんに付(つき)はなししかば、きやつといふて下へ落(おち)しゆへ、あたりの木の枝抔へ兼て貯へし火をうつし見れば女房なれば、いか成(なる)事にやと思ひしが、未(いまだ)本性をあらはさず、暫く心をつけて居(をり)しに、其内に夜も明(あけ)て村の者來し故、宿の事を聞(きき)しに、女房産せし事もなし。人を走らせて尋(たづね)しに無事なれば安堵して、彼死骸を改めしに、やがて本性を現(あらは)し大き成(なる)古狸なりしと也。

□やぶちゃん注
○前項連関:上総国の怪奇民話譚で直連関。やはり座頭七都(なないち)の語ったものではなかったろうか。
・「上總國勝浦」現在の千葉県勝浦市。千葉県南東部の太平洋に面し、上総地方の南部に位置する。前話の夷隅郡(現在の千葉県いすみ市)とは北東で隣接する。
・「觀音坂」不詳。郷土史研究家の方の御教授を乞うものである。
・「者もの」底本、右に『(衍字カ)』と注する。
・「友立」底本、右に『(友達)』と注する。
・「怪にもあい」の「あい」には、底本では『(ないカ)』と注する。「逢ふ」と「無い」のダブルで訳しておいた。
・「むしけ」は「虫気」で、通常は、主に寄生虫によって引き起こされると考えられた子供の腹痛・ひきつけ・疳の虫などの症状や、広く大人の腹痛を伴う病気(陰陽道や庚申信仰では腹中に潜む三尸(さんし)の虫によって発症すると考えられたもの)を指すが、ここは後文を見てお分かりの通り、産気・陣痛の謂いである。

■やぶちゃん現代語訳

 古狸を成敗致いた剛勇の男の事

 上総国勝浦に観音坂と申す山道が御座った。
 今となっては昔のこととなってしもうたが、そこには大きなる榎があったが――この榎の前を通る者の頭を――誰やらん、知らぬ間に剃って丸坊主に致す――という、怪(あやかし)が御座った。

 ある時、在所の腕っぷし自慢の若者が、
「儂がかの怪(あやかし)を退治したる!」
と友達連中に誓い、所持して御座った脇差を帯びて、深夜になって独り、かの観音坂の榎へと至り、その根がたにすっく立ち、脇差を抜き放って、
「妖怪! 今にも出んかッ!!」
と勢い込んで待ち構えてみたものの、これ、いつまで経っても何も起こらなんだと申す。
「てへッ! 臆病な奴に限って、怪(あやかし)にも逢うというもんじゃわい。怪(あやかし)など、もともと、ないもんじゃい!」
と自画自讃、夜も明けたので村へと帰り、まんじりともせず待って御座った友達連へ、
「妖怪の仕業なんぞ、ヘッ! これ、さらに、ないわいの!」
と意気揚々と語って御座ったが、何故か皆、蒼くなったままおし黙って御座った。
「おい! なんじゃ! 儂の言うことが信じられんのかいッ?!」
と若者が気色ばんだところ、皆、口を揃えて、
「……お前……」
「……そ、それ……」
「……お前さんの……頭……」
「……触ってみぃな……」
と申したによって、かの若者、恐る恐る、手(てえ)を当ててみる……と……
――いつの間にやら
――つんつるてんの
――丸坊主になって御座った。

 丁度その時、近くに住んで御座った〇〇と申す男が、この顛末を見知って、
「さても口惜しき怪(あやかし)ではないか!……かくなる上は――我らが行って試してやるッ!」
と彼らに言上げ致すと、少々覚えのある一腰(いちよう)を佩び、その日の夜になって、かの榎の元へと至り、はたと考え、
「……まずは……迎え討つ立ち位置じゃ――」
と、榎の頂には何もおらぬを見届けた後、高みにある太き枝の上に登り、今や遅しと様子を窺って御座った。

 すると、ほどのうして隣に住む者が木の根がたへとやって参る。
「――〇〇どん! 榎の上たぁ、危ねえよ!……いやいや……それどころじゃあ、ねえんだわ! お前さんの嬶(かかあ)がよ! 産気づいたん、だって! 早(はよ)うお帰り!」
と、申す。
 確かに嬶はそろそろ産み月に近(ちこ)うは御座ったが、男は、
「――我ら、友達らと確かな約束をなして参ったものじゃ。お前さんがこうして知らせくれたは忝(かたじけな)い――忝いが、今宵は如何なること、これ、あっても、帰ることは出来ん!」
と応(いら)え、一向に請けがわぬ。
「……しゃあないなぁ……」
とぼやきながら、詮方なく、この迎えの男は帰っていった。

 さてもしばらく致すと、また別の知り合いが一人やって参り、
「――お前さんの嬶の産は済んだ。……じゃけんど……ひどい難産じゃったで、の!……言っちゃあなんだが……はなはだ、ようないんじゃ! どうか一つ、帰ってやって、くんないッ!」
と、申す。
 ところが、
「――たとい我らが妻――それをもって相い果つるとも……今宵ばかりは――帰るわけには参らぬ!」
と頑として取り合わぬ。
 執拗(しつこ)く説いたものの、この者も遂には呆れ果てて、帰って行ってしもうた。

 さてもそれよりまたしばらく過ぎた後のこと、今度は彼の村の名主がやって参った。
「――配下の者をたびたび迎えにさし越したにも拘わらず、戻らなんだによって、我らが直々に参ったぞ!……のぅ、〇〇よ!……御身の妻女は……これ、既にして……身罷って御座ったぞッ!……かくなっては最早、詮ないことじゃが……葬送のことも、これあればこそ……まずは! さっさと! 戻って御座るがよいッ!……』
と叱りつけた。
 すると男は、
「――名主さまの申さるることにても――夜(よ)の明けざるうちは――これ――決して帰り申さぬ。――」
と覚悟の中(うち)、またしても一向に請けがう素振り、これ、微塵も、ない。
「……あまりに非道な……」
と、名主は涙にくれて呟くと、とぼとぼと坂を下って行った。

 それからまた大分経って、榎の上から見ておると、今度は小さな火影(ほかげ)が一つ、闇の中に浮んだ。
 近づくそれは、何と! 棺桶のようなものを担いだ男で御座った。
 その男は、榎の根がたへと辿り着くと、棺桶をそこに据え置いて、薪を組み、火をかけて、そのまま帰って行った。

――燃え上がる棺桶……
と!
――その火の中から桶の上蓋を破って!
――経帷子を着た男の死んだ女房が!
――これ! 髪を振り乱して踊り出でたかと思うと!
「…………我ラ……産ニ苦シミ……遂ニ儚クナッタニ……オ帰リニモナラデ……一目死ニ目ニモ逢(オ)ウテ下サラナンダ……ソノ恨メシサヨ!…………」
と、烈しき恨み事を罵りつつ、そのまま、
――ズルッ! ズルッ!
と!
――榎に!
――爪から血を噴き出だしながら登って参ろうとする!
と!
 その時、男はやおら、腰に差した脇差を抜き放つと、枝から体を捻って飛び降りざま、
――タァアッ!
の掛け声とともに、幹に齧りついた亡者を、
――これ!
――背中で一刀両断!
――真っ二つ!
「キャッツ!」
と叫んで落ちる榎の根がた……
 されば男は、最初、木に登る前に、辺りの木の又枝の間の洞(うろ)に貯えおいた火種を、枯れ枝に移して死体を検分致いた。
……が……
……これ……紛れもなき……
……己が女房であった。……
……恨みの鬼の形相の儘に……
……カッと、眼を見開いて……
……とうに息絶えて御座った。……
「……こ、これは……一体……如何なることじゃ?!……」
と思うたものの……どうにも、これ――事実とは――何か、合点がいかなんだ。
 さればこそ、
「――未だ正体を現さざるものに相違ない。……今少し……そうじゃ、今少し、夜の明くるを待とう!……」
と気を抜かず、凝っと、女房の血まみれの遺骸から眼を離さず御座った。

 そのうちに夜も明けて、村の者どもがやって参ったゆえ、己が家内の事を訊ねてみたところ、
「……いんやぁ、おかみさんは産気づいてなんぞ……おらんはずやでぇ?」
と申す。
 用心のため、家に人を走らせて確めたところが、やはり妻には何事ものう、無事息災である由なれば、ようよう、男も安堵致いた。
 と、ちょうど、その知らせを受けとった折り、男は、かの遺骸から眼(めえ)を離して御座ったによって、おもむろに振り返って改めて見た。……
……ところが……
……これ、みるみるうちに……
……哀れ、断末魔の面つきの妻の姿であったその死骸は……
……刻一刻……
……形が崩れ……
……そうして……
……何か禍々しき……
……別なる何かに……
……変じて……
……ゆく……
……遂に……
……終いには……
……これ……
――血みどろの大きなる古狸となって、御座った。…………

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