中島敦短歌拾遺(4) 昭和12(1937)年手帳歌稿草稿群より(2) チンドン哀歌
上州は国定村の親分の口上くちびる靑くふるへたりけり
[やぶちゃん注:取消線は抹消を示す(以下、本注を略す)。これ以下、六首はチンドン屋の嘱目吟と思われる。後群ではそれが明白であるが、「くちびる靑く」で明らかに冬の戸外で、二句後の初句の「俠客」は明らかにチンドン屋の定番、この国定忠治(と私は勝手に思っているのだが)である。横浜には今も残る大衆演芸のメッカ三好演芸場があるが、画面は直近であり、舞台とは思われない。]
とりおひのバチもつ右手の手甲の水雨にぬれつゝうごきゐるあはれ
俠客と、とりおひと竝ぶ口上のこゑも寒々と雨にぬれゐる街はしぐるゝ
まだらなる白粉の下ゆのぞきゐるけはしかる生活のかほをわが見つるかも
まだらなる白粉の下ゆのぞきゐるこゝだけはしき生活のかほ
[やぶちゃん注:「ここだ」副詞「幾許」で、程度の甚だしいさま。大層。]
歳末の大うり出のチンドンヤ氷雨ニヌレテハナヒリニケリ
シグレヒサメフル師走の町にチンドンヤの口上きけばうらさむしもよ
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「チンドン哀歌」は僕のキャプションで原典にはない。チンドン屋の醸し出す不思議なペーソスを美事に映し得て素晴らしい。僕はチンドン屋という命題の真をかくも素朴に剔抉し得た短歌を、他に知らない。

