月天心貧しき町を通りけり 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
月天心貧しき町を通りけり
月が天心にかかつて居るのは、夜が既に遲く更ふけたのである。人氣のない深夜の町を、ひとり足音高く通つて行く。町の兩側には、家竝の低い貧しい家が、暗く戸を閉して眠って居る。空には中秋の月が冴えて、氷のやうな月光が獨り地上を照らして居る。ここに考へることは人生への或る涙ぐましい思慕の情と、或るやるせない寂寥とである。月光の下、ひとり深夜の裏町を通る人は、だれしも皆かうした詩情に浸るであらう。しかも人々は未だかつてこの情景を捉へ表現し得なかつた。蕪村の俳句は、最も短かい詩形に於て、よくこの深遠な詩情を捉へ、簡單にして複雜に成功して居る。實に名句と言ふべきである。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「秋の部」より。]
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