『風俗畫報』臨時増刊「江島・鵠沼・逗子・金澤名所圖會」より江の島の部 21 先哲の詩(7)
游江島 江忠囿
天女祀前戊巳晨。
詣徒洗目大觀親。
群蜑被髮風洲樹。
豪客褰裳探窟神。
江海高煙人市外。
蛟龍瑞氣含珠津。
鬟童時欲通靈夢。
不断潮聲破睡頻。
[やぶちゃん注:作者は江戸の漢学者入江南溟 (いりえなんめい 延宝六(一六七八)年~明和二(一七六五)年)。名は忠囿(ただその/但し、本詩の場合は中国風の漢名であるから「ちうう(ちゅうう)」か「ちういう(ちゅうゆう)」の音読み)字は子園、通称は幸八。南溟・滄浪居士と号した。荻生徂徠に師事、江戸で塾を開いて講説を行った。終生仕えることはなかったが秋田藩士に門人が多く、養子となって跡を継いだ入江北海も秋田藩の出であった。その著述には唐詩を詩体別に分けて注釈を施した「唐詩句解」、「礼記」に載る養老制度を初学者のために分かり易く仮名書きで解説した「大学養老編」などがある。また、同時代の出版物に多くの序・跋文を残しており、その知名度の高さか窺われる(以上は「朝日日本歴史人物事典」に拠る)。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーの「相模國風土記」の「藝文部」で「鬟」を確定した。
江島に游ぶ 江忠囿
天女 祀前(しぜん) 戊(つちのえ)の巳(み)の晨(あした)
詣徒 目を洗ひて 大觀 親し
群れし蜑(あま)は 髮を被ひて 洲樹に風(うた)ひ
豪たる客は 裳を褰(かか)げて 窟神(くつしん)を探る
江海 高煙 人市の外(ほか)
蛟龍 瑞氣 含珠の津(しん)
鬟(みづら)の童 時に靈夢に通ぜんと欲するも
不断の潮聲 睡を破ること 頻りなり
取り敢えず「戊(つちのえ)の巳(み)」と訓じたが不審。年と月を言ったものか。識者の御教授を乞う。]
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