霧・ワルツ・ぎんがみ――秋冷羌笛賦 若き日の歌 四首 中島敦
――若き日の歌――
マント着けパイプくはへて雪の夜にふらんそあ・ゔいよん購(もと)めてしかな
[やぶちゃん注:太字は総て底本では傍点「・」(中点)である。以下の二箇所の「ゔいよん」も同じ。]
斑雪(はだれ)降る元街の夜にわが誦(ず)するゔいよんの詩(うた)は哀しきろかも
[やぶちゃん注:「斑雪(はだれ)」はらはらと降る雪。「ろかも」は、間投助詞「ろ」+終助詞「かも」で(「ろ」は確実性を示す接尾語とする説もあり)。語調を整え感動の意を添える記紀歌謡にも出る上代の連語。]
“Oú sont les nriges d’antan?(去歳の雪今はいづこ)”と誦し行けばわが衣手にはだれ雪降る
[やぶちゃん注:「去歳の雪今はいづこ」は底本では仏文の右に縦書きで附されたルビである。“Oú sont les nriges d’antan?”はフランソワ・ヴィヨン(François
Villon)の詩、“Ballade des dames du temps jadis”(古えの美姫へのバラード)の中で、各連のコーダに、“Mais où sont les neiges d'antan!”とリフレインされるもの(原文テキストは仏語版ウィキの“Ballade des dames du temps
jadis”で読める)。引用をしようと思ったが、持っているはずの詩集が見つからない。幸い、永嶋哲也氏のサイト「MUNDUS Vocalis Kawasujiensis」の「好事家の物置」に本詩『ヴィヨン「疇昔の美姫の賦(昔日の美女たちのバラード)」』への言及ページがあり、そこに鈴木信太郎訳「疇昔の美姫の賦」及び天沢退二郎訳「昔日の美女たちのバラード」が載る。参照されたい。]
毎年(としのは)にゔいよんは讀めど雪降れど我は昔の我にあらなく