朝の波 大手拓次
朝の波
― 伊豆山にて ―
なにかしら ぬれてゐるこころで
わたしは とほい波と波とのなかにさまよひ、
もりあがる ひかりのはてなさにおぼれてゐる。
まぶしいさざなみの草、
おもひの緣(ふち)に くづれてくる ひかりのどよもし、
おほうなばらは おほどかに
わたしのむねに ひかりのはねをたたいてゐる。
[やぶちゃん注:「伊豆山」〈いづさん(いずさん)〉は静岡県熱海市伊豆山(湯河原と熱海の間)にある海縁りの温泉地。これは当地の高みにある古社伊豆山神社からの眺めと読みたい。大手拓次の詩の中に固有地名が出現するのは極めて例外的で具体な眺望をもとにした叙景という点でもすこぶる特異な詩と言えよう。]
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