野人庵史元斎夜咄 第貮夜 巴別(ばべる)の塔
秋の宵。野人庵は何か穏やかならぬ気配である。
藪八 「儂(あっし)は、福島第一原発はモウ、ヤバい、と思う!」
野治郎「いんや! お国の親分もちゃんとコントロオルしとる言うとるやないかい! いい加減、放射能やら汚染水やら神経病みたような謂いはやめんかい! 長屋の連中だって五輪で盛り上がっとるんや! てめえみてえな、辛気臭(くせ)え奴がいると虫唾が走るワッ!」
直吉 「……俺(おら)には、よう分からん……八っさんの言うように危ないような気もするし……野次さんのようにいいかげん、脱原発反原発で深刻になるのもなんだかなあちゅう気もするんや……おいらが信心しとるお祖師(そそ)さまは全く以って大事な云うとうるし……こないだ見たら、何や、環境アナリストちゅう、よう分からんけど、その筋の専門家らしいお人が、数値を挙げて、安全や、危ない云うとる輩は頭がおかしい、いうとったから……それに福島じゃあ、必死で復興に精出す人たちもおる中で、これ外野で、危ない、深刻や、とばかり騒ぐんは、これ、どんなもんやろ、と思うこともあったりして……」
野治郎「直よ! いいか! てめえの生き神さまなんざあ、おら、信じねえんだヨ! だからそういう意味じゃなッ、お前の言ってることはマ、ル、デ、マルカラ、分、カ、ラ、ネ、んだってことよ!……だけんどよ、まあ、ヘヽ、いい子じゃねえか! お前さんの神さまは、その点では正しいからナ! ヘヽ!」
(直吉、如何にも不服げだが、黙って薄い酒を呷る。)
藪八 「いんや! 野次! コントロオルなんぞ出来てねってことは、あの親分がのたもうて五輪誘致が決まったとたん、待ってましたとばかり、東電自身がはっきり自白したやないかい! 直の云う環境アナリストだかアナクロニストだか知らねえが、危ないと言い続けとる正真正銘の専門の、科学者先生も、そや! 京の都の小出裕章先生とか、しっかりおるんやぞゾ!」
野治郎「科学者がなんじゃい! 大事なのは豊かさや! 経済の活性化、ちゅうもんよ! 経済界の大物先生なんぞ、事故の直後っから原爆の放射能で死んだ人間は一人もおらんと言うとるぞ! 何よりよ、てめえみてえに、折角の五輪のお祭り気分も、景気も何んもかも、盛り下げに下げに下げて、何が面白いんじゃ? てめえの云うことは一事が万事、毛唐の言葉そのものよッ! 訳わからんぜ!」
藪八 「福島で燕の奇形やら昆虫の異常が見つかって、況や、子どもの甲状腺癌が悪化の一途を辿ってるんを、野治郎、てめえはどう言い訳するつもりじゃッ?」
野治郎「オウよ! その原因が原発じゃて、うっかり八兵衛大先生、一つドウゾ、ここでご高説、ご拝聴と仕りましょうかい!?」
(藪八、遂に野次郎に摑みかかり、大乱闘となる。大徳利が倒れかける。それを、すかさず史元斎、押さえて一喝!)
史元斎「これッツ! いい加減にせんカッ!!」
(滅多に声を荒らげぬ史元斎の怒りに二人、ススッと居直り、互いにそっぽを向いて、ふて腐れて茶碗酒を呷る。)
(史元斎、眼をつぶってやおら誦し出す。)
史元斎「……全地(ぜんち)は一(ひとつ)の言語(ことば)一(ひとつ)の音(おん)のみなりき……茲(こゝ)に人衆(ひとびと)東に移りてシナルの地に平野を得(え)て其處(そこ)に居住(すめ)り……彼等互に言(いひ)けるは去來(いざ)甎石(かはら)を作り之(これ)を善(よ)くやかんと……遂(つひ)に石の代(かはり)に甎石(かはら)を獲(え)灰沙(しつくひ)の代(かはり)に石漆(ちやん)を獲(え)たり……又(また)曰(いひ)けるは去來(いざ)邑(まち)と塔(たふ)とを建て其塔(そのたふ)の頂(いただき)を天にいたらしめん斯(かく)して我等(われら)名を揚(あげ)て全地の表面(おもて)に散ることを免(まぬか)れんと……ヱホバ降臨(くだ)りて彼(かの)人衆(ひとびと)の建(たつ)る邑(まち)と塔(たふ)とを觀(み)たまへり……ヱホバ言(いひ)たまひけるは視(み)よ民は一(ひとつ)にして皆一(みなひとつ)の言語(ことば)を用(もち)ふ今既(すで)に此(これ)を爲(な)し始めたり然(され)ば凡(すべ)て其(その)爲(なさ)んと圖維(はか)る事は禁止(とど)め得られざるべし……去來(いざ)我等(われら)降(くだ)り彼處(かしこ)にて彼等の言語(ことば)を淆(みだ)し互に言語(ことば)を通ずることを得ざらしめんと……ヱホバ遂(つひ)に彼等を彼處(かしこ)より全地の表面(おもて)に散(ちら)したまひければ彼等(かれら)邑(まち)を建(たつ)ることを罷(やめ)たり……是故(このゆゑ)に其名(そのな)はバベル卽ち淆亂(みだれ)と呼ばる是(こ)はヱホバ彼處(かしこ)に全地(ぜんち)の言語(ことば)を淆(みだ)したまひしに由(より)てなり彼處(かしこ)よりヱホバ彼等(かれら)を全地の表(おもて)に散(ちら)したまへり……」
(藪八、野治郎、直吉、ぎょっとする。)
藪八 「……ご、ご隠居?……」
野治郎「……あ、あっしの拳骨(げんこ)が、あ当り、ま、ましたんで?……」
直吉 「……ご隠居! 傷は浅そう御座いますぞ! 気をしっかりとッ!……」
史元斎「――耶蘇教の旧約聖書の『創世記』と申すものの、第十一にある言葉じゃ……意味は難しくあるまい?」
藪八 「……もともとはこの世は一つの言葉しかなかった、と?……」
野治郎「……『シナル』……ってえのは土地の名前でござんすか?……そこの平らな土地を手に入れて住んだ、と……」
直吉 「……な、なんかみんなで建てたんで御座んすよね、建て物を……そこでみんなが楽しく暮せるよな……」
史元斎「……彼らはまた言うことには『さあ、町と塔とを建てて、その頂きを天に届かせようではないか。そうして、我ら人が人としての名を全世界に知らしめられれば、この地上で散り散りになってしまうことから永遠に免れることが出来る。』と。――」
史元斎「……その時、主エホバは降臨されて、人の子たちの建てようとしている町と塔とをご覧になって宣われた、『民は一つであって、みな一つの言葉を用いている。今まさに彼奴(きゃつ)らは既にこのようなことをし始めてしもうた。彼奴らがしようとしていることは、このままでは最早、止め得ぬことは火を見るよりも明らかじゃ。……さればいざ、我らはその彼奴らの元へと降って行き、そこで彼奴らの言葉を乱し、そうして彼奴らが総て互いに言葉が通じなくなるようにしてやる。』と。……かくしてエホバは……藪八?……」
藪八 「……その通りになっちまったんで御座んすね?……誰もが喋ってる理解し合っていたはずの言葉が……互いに……全く……分からなくなった……だから……みんな、相手と意志を疎通することが出来ずなってしもうた……だから、みんな、散っていた……彼奴らを、かの地より地上のあらゆる場所へとお散らしになられた、と。……」
野治郎「……だからそして……彼奴らは町を建てるのをやめた……」
直吉 「……このことから、その町の名はバベルと呼ばれる。これはエホバが、そこで、この地上の総ての言葉をお乱し遊ばされたからであった。……エホバは、このバベルの地から、あらゆる人を、地球上の、ありとある地に散らばされたのである。……ご隠居、「バベル」というのは「混乱」てな、意味なんでしょうか?」
(唐人が喋るように。)
史元斎「ナオキチ! ヨク、デキマシタ!」
(史元斎、空になった徳利をぶら下げて、厨(くりや)へ向かう。)
藪八 「……何となく……」
野治郎「……そ、やな……」
直吉 「……おいらたちの言い分……」
藪八 「……その言葉は……まんず……」
野治郎「……これ、確かに皆……互いに……」
藪八・野治郎・直吉「――通じとらん、わ……」
(史元斎、たぽたぽと音をさせて大徳利を持ちきたり、三人に注ぐ。)
史元斎「……福島の原発事故以降、儂(わし)らの使う言葉は全く……互いに通じんようになってしもうた。……科学系の放射性物質危険言語や放射性物質安全言語――宗教系言語――経済系言語――政治系言語――風評言語に五輪誘致言語という新言語まで……バイリンガルの語学の達人もこれにはお手上げじゃろ……大橋弘忠なんぞのように、事故以前、偉そうに「プルトニウムは飲んでも平気」「事故が起こるなんて専門家は誰も考えてない」とのたまい、そんなことを考える奴は馬鹿だと言わんばかりに幅を利かせていた御用学者どもは、これ、すっかり鳴りを潜めてしもうたな……専門の科学者で、汚染水や現在の第一原発の安全性や向後の希望的展望を力強く語る者はどうして払底してしまったのじゃ?……
アカデミズムは、こういうカタストロフにはまるで役に立たんのか?……だったら何のための科学か!!……かくして……今や、科学系言語はすこぶる地に堕ちてしもうた……かに見える……本当はこれだけが真理を語れるはず、なのじゃがな……そうして、そう、藪八の言う「環境アナリスト」「経済アナリスト」「科学ジャーナリスト」なんどという肩書を持った有象無象の輩が、安全だ、いや、危ない、と言い合うのを、科学を知らぬ我ら凡夫は、ただただ、手を拱いて呆けた表情(つら)で、そしてどこかで、『もういいかげん、その話はやめようよ、飽きた。』と、うっちゃらかしているのが、どうじゃ、現実ではないかのぅ……こういうのを「判断停止」と言うての、「智そのものの死」という致命的な病い以外の何ものでもないのじゃが、の……しかも哀しいことに、同じ言語であっても、福島におらるる人々の言語と、東京人の言語は、その他者性を際立てて、言語学上の方言以上に異言語のようになって、通じ難くなっておろうが……危険という言語は同じでも、その危険区域に住まう人々と、そうでない人々の使用する際の質量は、特殊相対性理論並みに異なってしまっておるんじゃ……いや、同じ福島に現に住まう家族の老祖父母と孫の母のそれは。まるで違ったものであったりしてくる……子のために危険と感じる母は、ともに居たいと思う祖父母と。時に食い違い、家族は別れ別れに過ごさねばならなくなる……といったことも現に起っておる……さても……かく言う儂にも儂の「信ずる」ところの言語はあるから大きなことは言えんが……しかし……しかし、これは福島第一原発の事故に象徴さるるところの……「原子力」という「神」――自然を凌駕する人為的な技術(科学ではないぞ、技術じゃ)――こそが――則ち――かの「バベルの塔」であり――儂ら、言葉を通じ合えたはずの隣人たちが、遂に散り散りにさせられるところの――新しい――そうして最期の――おぞましき多言語生成を語るところの――絶望的な神話なのではないか、の。……」
(藪八・野治郎・直吉、皆、膝を見つめたまままんじりともしない。もう誰も喋らない。徳利の酒をもそのままに、夜は更けゆくのみ。)
庭で、蟋蟀が一声高く、鳴いた。
[やぶちゃん注:副題に使用した「巴別(ばべる)」は中国語の謂い。史元斎が語る旧約聖書の文語訳はサイト「tombocom」のこちらの訳を改変せずに引用させて戴いた。但し、節番号を省略し、間を6点リーダで繋いである。なお、昨日の晩の、「随分御機嫌よう」という、
さればこそ鬼とならむと思ふ汝(な)は
戀路も斷ちて癡(ち)とはなるなれ
という短歌の謂いは、実はこの二編の「野人庵史元斎夜咄」を公開するためのスプリング・ボードであったことを告白しておく。]

