鬼城句集 秋之部 菊
菊 白菊をこゝと定めて移しけり
憶左千夫
野菊咲いて新愁をひく何の意ぞ
[やぶちゃん注:「左千夫」は無論、「野菊の墓」の伊藤左千夫(元治元(一八六四)年~大正二(一九一三)年)である。鬼城鬼城(慶応元(一八六五)年~昭和一三(一九三八)年)は俳友で歌人でもあった高崎中学校国語教師村上成之(しげゆき 慶応三(一八六七)年~大正一三(一九二四)年:号は蛃魚(へいぎょ)。)は伊藤左千夫の弟子であった。因みに左千夫の弟子である土屋文明は村上の教え子であり、そもそも文明に左千夫を紹介したのも村上であったから、鬼城と左千夫に親交があったことが窺われる。
「新愁」近年亡くなった知人に対する傷心の思い。「鬼城句集」の出版は左千夫の死後の大正六(一九一七)年である。]
白菊に紅さしそむる日數かな
一ト間一ト間白菊いけて草の宿
[やぶちゃん注:「一ト間一ト間」の後半は底本では踊り字「〱」。]
老が身の皺手に手折る黄菊かな
幕張つて菊千輪の玄關かな
夜の菊手槍の如くうつりけり
傘の繪に題す
月蝕をおそれて菊に傘しけり
[やぶちゃん注:月食は民俗社会では月の病いと考えられていた。その妖しい光を受けるとそれが菊花を枯らすという感染呪術的認識があったものか? 識者の御教授を乞うものである。]
菊の氣の騰りて庭の靜かな
[やぶちゃん注:「騰りて」は「あがりて」。「靜かな」は「しづけかな」とでも訓じているか。]
市中や穢多まぎれ住む菊の花
[やぶちゃん注:大正半ばにあっても、また聴覚障碍を持っていた鬼城にして、かくなる差別意識が厳然として存在していたことを認識する批判的視点を忘れずに詠まれたい。]

