寒菊や日の照る村の片ほとり 蕪村 萩原朔太郎 (評釈)
寒菊や日の照る村の片ほとり
冬の薄ら日のさしてる村の片ほとり、土塀などのある道端に、侘しい寒菊が咲いてるのである。これも前と同じく、はかなく寂しい悲しみを、心の影でぢつと凝視しているやうな句境である。因に、かうした景趣の村は關西地方に多く、奈良、京都の近畿でよく見かける。關東附近の村は全體に荒寥として、この種の南國的な暖かい情趣に乏しい。
[やぶちゃん注:昭和一一(一九三六)年第一書房刊「郷愁の詩人與謝蕪村」の「冬の部」より。]
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