日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第三章 日光の諸寺院と山の村落 3 定家鬘と鶯に迎えられて
一般用の橋を渡ってから、我々は広い並木路を登って行った。この路は山の斜面を切り開いたものなので、六フィート或は八フィートごと位に石段があり、両側は巨大な石の壁、そしてあたり一面、我国メインの最も荒々しい地方に於るが如く、古い森林の木がすくすくと天をついて立つ。これ等建造物の宏大さを髣髴(ほうふつ)させようとした所でそれは無駄である。建物全体が山の険しい斜面に、原始的な松柏科の森林につつまれて建ち、この上もなくよい香を放つ蔓性植物や花の下生が、人の手による精巧極まる仕事の豊かな骨組みをなしていることは、日光をして一層感銘深いものにしている。この自然のままの森林は、石垣や寺院の、それぞれの土台に近く接して生え、恰も、日光諸寺院の精密なる境界線が、先ずこの深林中に定められ、あらゆる物を取り去った後で寺や石墻(かべ)やが建てられたかの感がある。最初の廟が建てられたのは千年以上も昔のことであるが、現在のも建ってから三百年は経過しているので、その間には森林がその周囲に生長し得たであろう。この美しい自然の景色に加うるに、日本の詩人が礼讃してやまぬ一種の鳥の、玄妙な笛のような声……我国のハーミット・スラッシの声と同じく魅力あり而して耳につきやすい……が、時折り聞える。
[やぶちゃん注:「六フィート或は八フィート」約1・8~2・4メートル。
「我国メイン」原文“Maine”。メイン州(state of Maine)のこと。アメリカ合衆国本土及びニューイングランド最東北部に位置する州。入り組んだ岩の多い海岸線と低くうねる山稜、内陸の深い森と美しい水流を持った景色で知られ、またロブスターやハマグリなど海産物料理でも知られている。州都はオーガスタ市であるが、人口最大都市はポートランド市でモースの故郷である。
「この上もなくよい香を放つ蔓性植物」モースが日光に到着したのは六月三十日であるから、これは推測するに、リンドウ目キョウチクトウ科キョウチクトウ亜科テイカカズラ
Trachelospermum
asiaticum ではあるまいか?
「ハーミット・スラッシ」原文“hermit thrush”。スズメ目ツグミ科 Catharus 属チャイロコツグミ Catharus guttatus。鳴き声と映像はこちら。モースが「日本の詩人が礼讃してやまぬ一種の鳥の、玄妙な笛のような声」「魅力あり而して耳につきやすい」と言っているのはスズメ目ウグイス科ウグイス
Horornis diphone と思われるが、チャイロコツグミの方が私には繊細で魅力的に感ずる。]
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