日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第三章 日光の諸寺院と山の村落 17 男体山へⅡ
上へ上へと登るに従って、中禅寺湖の青い水は木の間から輝き、山々の峰が後から見えて来る。果しないと迄思われた時をすごして唐檜の列まで来ると、今迄よりも見なれた花が多くなった。我々はバンチベリーの花を見た。これは我国のより小さい。またブルーベリーを思わせるベリーを見たが熟してはいなかった。その他、北方の植物系統に属する花があったが、それ等が亜熱帯の型式を備えたものと混合して咲いていたのは不思議である。頂上に近づくとあたりの山々の景色は誠に壮大であった。近い山は海抜八一七五フィートという我々の高度よりも遙かに低い。遠くの山の渓谷には雪が見られた。峰々の外貌は、ホワイト・マウンテンのそれに比較すると、著しく相違している。登る途中所々に毎年巡礼に来る日本人たちが休んで一杯の茶を飲む休憩所があったが、かかる場所に来ることは気持がよかった。外国人は影も形も見えず、また空瓶、箱、新聞紙等が目に入らないのはうれしかった。時々我々は小さな屋根板のような薄く細長い板片をひろった。これには漢字が書いてあるが、それはお祈りであるということであった。
[やぶちゃん注:「バンチベリーの花」原文“the bunchberry flower”。ミズキ目ミズキ科ミズキ属ゴゼンタチバナ亜属ゴゼンタチバナ(御前橘)Cornus canadense。多年草。高さ
五~一五センチメートル、葉は二枚の対生葉と液性の短枝に二個ずつ葉が付き、計六枚の輪生に見える。花の咲く株は葉が六枚にまで成長したものである。花期は六~八月で花は四枚の白い総苞に囲まれハナミズキやヤマボウシに似る。秋にハナミズキに似た核果が直径五~六ミリメートルの赤い果実をつける。北海道・本州・四国の亜高山帯から高山帯の針葉樹林下や林縁に植生し、国外では北東アジア・北米にも分布しており、基準標本はカナダのものであるから、モースにも親しかったに違いない(以上はウィキの「ゴゼンタチバナ」に拠った)。
「ブルーベリーを思わせるベリー」不詳であるが、例えばツツジ目ツツジ科スノキ属クロマメノキ
Vaccinium uliginosum などはどうか? 別名浅間葡萄、秋にブルーに熟す。
「八一七五フィート」は2491メートル。既に示したが、現在の男体山の正確な標高は2486メートルで、換算すると8156フィートである。モースは何のデータを見たものか、約5・8メートルも高い。
「ホワイト・マウンテン」既注済み。ニューハンプシャー州の北部一帯からメーン州西部に跨る広大な山脈。ワシントンやジェファーソンなどのアメリカ歴代大統領の名が付された山々があるが、それらは殆んど一年中雪で被われていることに由来する。ニューイングランドでも人気の観光地である。
「小さな屋根板のような薄く細長い板片をひろった。これには漢字が書いてあるが、それはお祈りであるということであった」納め札の一種と思われる。寺社や霊山霊跡に参詣した際に経文や真言・祈請を記した記念や祈願のための納め札である。納札(のうさつ)とも言う。]
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