明恵上人夢記 25
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一、夏之氣下りて淸涼なり。江中をすゝむと云々。
[やぶちゃん注:箇条書きの「一」を打っていること、文末に「云々」とあることから、これ自体は断片ではない夢記述である。但し、原本を見ていないから、この後に二つ目の夢記述があったものが、紙がカットされて以下の部分が継がれた可能性はある。また最初の一文は事実記載ととれないこともないが、それでは書き残すに足る夢とは思われないので、夢記述に採った。
「江中」この短いものを明恵が記し、また残そうとしたのは何故かを考えてみると、この映像の中に忘れ難い感動があったからに他ならないと考えた。だとすれば、そのヒントとなりそうなのは、この「江中」である。これは無論、一般名詞として川の中という意味と思われるのだが、それが渡唐を二度に亙って企図しながら遂に断念した彼のことを考えるなら、この「江」は大陸のものであってこそ印象的である。無理を感じながらも、私はこれを長江の「江」と採り、しかも下流へではなく、仏教の淵源天竺を目指す明恵の姿として訳した。大方の御批判を俟つ。]
■やぶちゃん現代語訳
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一、ある夢。「……それまでの暑かった夏の上ずったような気配がぐっと下がって、如何にも淸清涼な感じになったものだ。そうした中、私は舟に乗って長江の滔々たる流れの中を川上へ! 天竺へ! ひたすらに進むのであった。……」
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