狂人の音樂 大手拓次
狂人の音樂
ぐいぐい曳つぱつてみると、ちやうど眞赤にただれた花がくづれるやうにほかりほかり落ちた。それが今のわたしの、影ばかりを食べてゐる魂の埃だ。野鼠の毛のやうに荒だつてゐながら、また其の外貌にしたしみを持つてゐた。うす白い、すすばんだ埃は強い日光のなかに好んで落ちた。もえ上るほど熱い光線はいよいよ此の怠けた魂の埃を掃きおとす。黄金の無數の破片が一種の、凋落を偲ばせる澁滯調をやりだしたので、魂はこつそりと、ひろい悲しい張幕のかげにかくれた。
「おい待つてくれ、待つてくれ。」わたしが大空に向けて祈りをささげてゐると、暗い地の底からこんな聲ををりをりきいた。しかし、わたしは他人の干渉などに耳をかす暇はないので、一心をこめて祈りをつづけた。しばらくすると、ひどく混亂したうめきや物音が川の流れのやうに足元にひろがつてゐた。
[やぶちゃん注:太字「ほかりほかり」は底本では傍点「ヽ」。]